第12話

────とにかく落ち着いて。


 お父様に聞かなくてはならないことを整理しなくてはね




 謁見を終え、王宮内に与えられた部屋へと向かう間アリアンナは、たった今聞かされた登城の本当の意味を父に問い質さねばとあれこれ考えながら歩いてきた。


 部屋に入るとサーシャ達が労いの言葉と共に出迎えてくれる。




 一方サーシャはこれは何かあったと気付いた。


 焦点の合わぬ目でブツブツ言いながら戻って来た主アリアンナの顔を見る。


 共に戻ったキャセラック侯は至っを見れば普段と変わりはない。


 多分、アリアンナだけが失敗をしてきたのだと思う。


 いつもなら、お小言の一つも言って(決して一つどころで終わった試しはないが)何があったか聞くのだが………




 (旦那様との様子の違いが……)




 アリアンナの侍女としてベテランのサーシャは、主の異変に気付いたことを顔に出さずアリアンナの元へ近寄る。


 キャセラック侯といえば、部屋の奥にある応接用の長椅子にゆったり腰を掛けると、ミシェルにお茶を入れるよう声を掛けている。


 対するアリアンナは、扉の前で立ち止まったままだ。


 一応声は掛けたが、サーシャの声に無反応でブツブツ言っているだけなので、背中を押し強制的に椅子に座らせる。


 それにしても、一体何があったのか。多少最近の故障具合(?)は知っているつもりだが、元々の侯爵令嬢としてのアリアンナには絶対の信頼がある。


 こんな風になるような出来事……




 アリアンナの前に茶器を置くと、改めて「お嬢様!」と大きな声で呼び掛ける。




 「はっ!」




 はっきりと覚醒し、声をあげたアリアンナが、卓に思い切り両手をつくと立ち上がる。




 「お父様!」


 「何かな?」


 「何かな?ではございません!この登城の意味はご存知でしたの?」


 「知るか、知らぬかで言えば、知っていた」


 「まぁ!ではデルヴォーク殿下の妃候補見習いと知っていて私に言わなかったのですか?!」


 「正確には候補者の選定見習いだがね」




 こんなに自分が声を荒げて父に問い正したことはないのに、キャセラック侯は優雅に香りを楽しみつつ、お茶を飲んでいる。


 アリアンナに視線を合わせることすらしていない。




 「お父様!」


 「アンナはもしかして怒っているのかな?」


 「え?えぇ、怒っております」


 「……ふむ」




 サーシャは二人の会話を聞いていたが、事は登城の真の意味が妃見習いであったとは!


 アリアンナでなくとも驚くなという方が無理だ。


 それでも口を挟むわけにはいかないので、サーシャは声を上げぬようお腹に力を入れる。


 親子の会話はまだ続いており、見つめる先の二人は変わらず、娘の剣幕にのんびり答えている父である。




 「まず、知っていたことを言わずにいたのは謝ろう。ただ、私はね。アンナを花嫁見習いとして登城をさせたつもりはないんだよ」


 「……え?……えぇ?」


 「驚くかい?私はお前に王城で出来うる経験をしなさいとは言ったが、花嫁になって欲しいとは思ってもいなかったのでね、言わずにいたんだが」


 「…はぁ」




 アリアンナは記憶を辿るような返事になってしまう。




 確かに手紙を見せられた時に、父から言われた台詞だ。


 もう何からどう驚けばいいかが分からなくなってきた。




 「それにね、王立魔術学院への出入りも約束通り許可を頂いているんだよ」


 「!」




 一番の大切な気掛かりが約束されていると知ってアリアンナの気分も一気に上昇する。


 但し、確認は忘れない。


 探るようにゆっくりとキャセラック候に訊ねる。




 「………では、私はこの妃見習いには参加せずとも良いということでしょうか?」




 一先ず王立魔術学院のことは言わず、妃云々うんぬんの確認をするのが先だ。なんといってもデルヴォークとの面談は明日なのだから。




 「いや。それは参加して貰うよ」


 「?!」


 「一つ、先程の話で王命になったとあった。ならば受けるしかない。二つ、キャセラックとしてここに住まう以上、責任あることはすべきだ。三つ……」




 (まだおありになるのね)




 「さっきジィルトに会ってね」


 「は……い?」


 「殿下との話を聞いたよ」


 「……」


 「いや。謝ることはない。ただ、名乗る前にジィルトが割って入ってしまったと聞いたからね。明日きちんと殿下にご挨拶するといい」


 「……はい」




 キャセラック侯はアリアンナへ極上の笑みで有無を言わさず、優雅にお茶へと戻る。


 アリアンナといえば、先程の大失態を父に知れた衝撃で声も出ず、決して謝罪の言葉は述べていない。


 が、暗に殿下へ直接謝って来いとの父からのお達しだ。


 自業自得であると納得はするが、だがそれも唯一の望みがあればこそ乗り切れる希望が持てると、今一度父に訊ねる。




 「……お父様」


 「ん?」


 「王立魔術学院の事ですけど…」


 「ふむ」


 「……手元に制服がまだ届いておりませんの。お父様の仰る「出入り」とは入学することではございませんの?」


 「あぁ。そんな請求書が届いていたと聞いてはいるが。そうだな、入学させるわけではないから止め置いたよ。出入りは許可した。まずは王城での見習いという勉強をしつつということだ」






 今、頭に何かぶつかったのかしら?


 目の前がチカチカして火花が散ったかと……一瞬、気絶しておりましたわ!




 学ぶべきことやるべきことをやってから遊べは、幼い時からの父の教育方針だが、今ここまできてそれを振りかざされると思わなかった。




 では私は、結局王立魔術学院には入学出来なくて、花嫁見習いをしなくてはならなくて?


 私が来た意味って……




 全く以て頭の整理が追い付かない。


 何でこんなところに来ようと思ってしまったのか。


 来たはいいが、自分で招いたとはいえ王子殿下への不始末のせいで崖っぷちの逃げ場のない場所に立ってしまっているし、挙句、王立魔術学院への入学はなしだなんて!




 あぁ!


 やはり来るべきではなかったわ。


 着いた瞬間から悪夢のようなことばかり!


 私の想像の限界を遥かに越える状況が起こり過ぎて………


 でもちょっと、待って。


 王子殿下への不始末って、ただ魔術を見られて返事を返さなかっただけ…ではなくて?


 入学出来ないなら、ここにいる必要もないわけだし……


 何より私はまだ結婚しない!






 (「よし!」)






 急に椅子を倒すほど勢いよく立ち上がったアリアンナに侍女たちが驚く。




 「お父様!」


 「……何かな?」


 そんな中でも泰然とお茶をし続ける父親を見やり宣言する。






 「私、家に帰ります!」


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