第11話

(聞いてないわ……)






 王座を正面に、キャセラック、左にサンディーノ侯爵家、右にウィラット伯爵家と親子三組横一列に並んだ形式で王陛下を迎えることになった。


 そして、現れたのは王だけではなかった。


 デルヴォークは王と共に入室してくると、王座の真横に控えて立った。


 アリアンナに気付いているのか、いないのかは分からないが、先程の着崩した身形などではなく、黒光りするビロードに金であしらった見事な刺繍の騎士服に、これまた黒の長い外套を掛け着している。


 こうして見れば、確かに王子殿下なのだが、来るとは聞いていない。




 (……殿下って案外暇なのかしら?さっきは散歩してた……わよね?)






 本当に散歩だとは思わないが、王城内とはいえ供も連れず、一人で現れたのは事実だ。


 その結果、あの惨事となったわけだが。 




 (いっそ、被害が一人だけで済んだと思えば気も楽になるかしら?)




 否、そのたった一人で自分だけではなく親の地位まで揺るがす被害に相当するのだと身震いする。


 サーシャに知れたら大説教となるのが必須なことを考えていれば、王陛下への臣下の挨拶が始まった。 


 最初に父キャセラック候。その後に続く私の挨拶も、当たり障りのなく名を名乗り、お見知りおきを……程度の挨拶を述べた。


 しかし、サンディーノ侯爵の挨拶が始まると、どうも聞いていて引っかかる台詞が幾つか聞こえたような気がする。




 (……え?……今、何て?)




 決して王城生活をありがたがるだけでは済まない主張も含んで話を続けている。


 続く娘のジャネス様の挨拶は…………




 (そんな話、聞いてないわ?!)




 何やら聞き捨ててはおけない単語が。




 (デルヴォーク様の花嫁候補を兼ねた行儀見習い?!)




 思わず大きな声を上げそうになった口元を、培った淑女の気合で結び直す。


 しかし現在、王陛下を御前に謁見中で、心拍数の跳ね上がった動揺を見せるわけにもいかず、今まで微笑みを絶やさず伏せていた瞳を、きつく閉じる。


 なお聞いていても、ジャネス嬢の話は自分の良さを王陛下、何ならデルヴォーク殿下に直接アピールしていて、先程の自分の挨拶と比べると誰が聞いても質と量が段違いで違う。




 (えぇ……と。私は私の知らない何かに巻き込まれているわね…………)




 最後にウィラット伯爵が挨拶を始めたが、サンディーノ侯爵以上に娘アピールを延々として、逆にエマ嬢の挨拶は聞き取れないくらい小さく短いものだった。




 三家の礼が済み、王陛下からの言葉を頂く間、デルヴォークが、父が、たった今聞いたことが、とにかく何もかもが気になって、大変不敬ではあるがあまり耳に入らなかった。




 と、いうか!


 聞いてない!と、お父様にやられた!が、天使の環のようにアリアンナの頭上で回っているように思う。




 そんな中、謁見の儀は進んでいく。


 侍従長がこれからの予定なるものを発表している。




 (……その予定は現実なのかしら……)




 聞く内容が到底飲み込みかねる事ばかりだ。




 発表された内容は次の通り。




 一つ、見習い期間は半年とする


    但し諸事情等により途中取り止める権利は有する


 一つ、最初の三か月は週に一度、デルヴォーク殿下との時間を順に持つこと


    半年後のち選定が行われる


 一つ、妃候補となられた場合、速やかに妃見習いに移行する


 一つ、デルヴォーク殿下との引見は明日から始め、最初はキャセラック家からとする






 この婚約見習い候補の大きな約束事の外に、王城での過ごし方や細かい決まり事などが簡単に説明されていく。


 多分本格的に細かいものは各々部屋へ帰ってから聞かされることだろう。


 淡々と進む現実に衝撃を受けながら、閉じた瞼も力み過ぎて震えてきてしまう。


 思い返せば、この登城見習い話を頂いた時の父の満面の笑みが浮かんでくる。


 きっとこの話も決まっていて、私には内緒で登城を決めさせてって策なのだろう。


 王立魔術学院のことさえ言われなかったら、こんな所に来ることを承知などはしなかったのに!




 (はっ!)




 ────待って!


 見習いの中身が違うなら、私の王立魔術学院への入学はどうなるの?!


 魔術が習えると思って登城を決めたのに!


 俯いたままが幸いして、目を見開いてしまった顔を誰にも見られずにすんだのだが、このまま意識を手放せていたらどんなに楽かと思うような日程が組まれている。


 読み上げ終えると手にしていた巻物を侍従長は戻し、そのまま王陛下の退場を告げる。


 一同、王の退室まで最高礼をとる為、室内は静寂となり、王一行の靴音のみが響く。




 (……キャセラック家からって……私……泥の沼どころか、宙の果てにあるとかいう穴に落ちるんだわ)




 今のアリアンナには、豪華絢爛の謁見の間ですら、月はおろか星さえも見えないくらい真っ暗闇に落ちていくような感覚に囚われていて、周りの音は何も聞こえていないのだが、体に染み込んだ礼儀作法が半ば反射的に周囲との同化をしてくれる。




 アリアンナは一刻も早く父に詳細を問い詰め、この見習いの辞退を承諾させることと、王立魔術学院の入学の有無を絶対に確認しなくては。と、決意の強さと同じくらいドレスを握る拳に力を入れた。


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