第10話

 「さ、次は髪にお化粧ですからね」


 「……」


 「何か?」


 「宣言通りの仕事ぶりね……」


 「いいえ、まだまだ!」




 (……サーシャの本気を甘くみてたわ…)




 久し振りに侍女の本気の位置までコルセットの紐を締められ、息を吐くのにも緊張感のある仕様である。


 アリアンナはゆっくりと息を吐きつつ鏡台の椅子に腰掛ける。




 「ところで、ミシェル。デルヴォーク殿下ってどんな方?」


 「どんな方とは?」




 初日だというのにミシェルはサーシャの言うこと良く聞き、自らも気が付いて先に先にと動き、さすが王城侍女という仕事ぶりだ。


 今も、髪飾りを卓に並べ終えると、さっき飲めなかったお茶の準備に取り掛かっている。勿論、お茶を淹れたお湯はジィルトを使って作ったものだ。


 熱湯のうちに淹れてティーポットにカバーを掛けておいたので、丁度飲み頃になっている。


 今日の茶葉はカモミールに乾燥させた林檎の果肉が入った香りにも酸味が感じられる爽やかなお茶に、見るだけサンドウィッチやマドレーヌその他諸々になる。




 「そうね……お噂では凄いのばかりじゃない?どれぐらい本当なのかな~とか?」


 「……先程会われたのではないのですか?」


 「えぇ。見たわ」




 見るつもりも、会うつもりもなかったのに、だ。


 なら、見てしまったからこその情報を少しでも貰いたい。




 「でしたら!」


 勢いよくティーカップのセットを手渡されると


 「殿下達の素晴らしさをお話致します!」




 (ん?……たち……?)




 「まず!兄殿下のデルヴォーク様!噂に違たがわぬ武勲をお持ちで、他を圧倒する鋭利な眼差しとあの艶やかな黒髪をなびかせて剣を振るうお姿は、まさに黒獅子と言われる所以です!何でも普段は金茶に翡翠掛かった瞳のお色も、戦闘中は輝く黄金にお変わりになられるとか!はぁ~そんなお姿、間近で拝見してみたい!なれど軍神の如き美しさで戦果をあげられておられるかと思うと、近寄るには恐れ多くて遠くから推したいするばかり!」




 (ちょっと……?ちょっとどころではない何かを押してしまった感があるわよ…)




 しかし、ミシェルの王子達を説明する勢いは増すばかりで、お茶を飲む機会もなければ、サーシャすら髪を梳かす手を止めている。




 「そして、弟君のデイヴェック様!私は断然弟殿下派なのですが!兄殿下とよく似ておいでのお姿なれど、その雰囲気は兄君にはない柔らかさがあり、現王陛下を支える兄殿下の右腕となってその才を遺憾なく発揮され、私達侍女にまでお声掛けをされる気遣いもあって、お手を振られるお姿は正に王子様然とされていて、こちらも推したいするに値う王子殿下だと思います!」




 (……さっきから、お慕いの意味合いが推すって聞こえるのは私だけなのかしら……)




 「私も今日お会いしたばかりのアリアンナ様に、こんな事を申し上げるのは大変失礼なのは重々承知しておりますが、先程からのお嬢様の言動を考えれば、王子殿下達への意識の低さに驚くばかりで侯爵令嬢というお立場をもう少し存分に発揮して頂けたら、私が殿下方を間近で見る機会も増えるというもの!ですから、是非!アリアンナ様には殿下達とお近づきになって頂きたく思います!」




 (……ん?ん、ん??最後のは希望かしら??というか、私の侍女って……)




 ティーカップを手に、呆れて口が開いてしまっている。




 「っ素晴らしい!!素晴らしいわ!ミシェル!私も常々、お嬢様の殿下に限らず殿方への興味のなさをそれはもぉー心配どころか不安になるほど気掛かりで!王城の生活を期に何としてでも良き方との出会いを得るべく、画策しようと心に決めて登城したのよ!」




 (…その作戦は本人に知られてもいいのかしら…随分大胆な予告だわね……)




 私の後ろからミシェルのところへ駆け寄ると、二人で「がしっ」と両手を握りあっている。


 侍女たちの心の結託の瞬間に立ち会えたと喜ぶべきかしら?


 というか、私の興味のなさを侍女視点で解説して貰えるって、助かるわね。


 だったらこれからも殿方の情報は侍女任せで……




 「アンナ様!」


 「はい!」


 「今のミシェルの話、ちゃんとお聞きになってました?国中の若い娘達の憧れの的でございますよ!」


 「えぇ……大変参考になる事が聞けたと……」


 「思ってないですよね?!」


 (……どうして私の会話は最後を取られるのか……)


 「最近なさるその笑顔。分からないとでも?このサーシャは騙されませんからね。というかお嬢様、殿下をどう避けるかの対策の為にお聞きになったんですよね?挙句、殿方対策はミシェルに任せようか?」




 あまりの的確なサーシャの指摘に思わず息を吸ってしまいましたわ。




 (サーシャ…あなた、予知の魔力が開花したとか?)




 「本当にお嬢様は……」




 散々ジィルトに溜息を吐かれたのに、変わらずサーシャにも溜息を吐かれるわね。




 ……ミシェル、その幽霊でも見たような顔はおやめなさい。




 「ミシェル。これが本当のお嬢様です。名門で、深窓で、魔術が使えて、からの残念です。やることは色々ありますから、こころしてお勤めして下さい」


 「肝に銘じて、承知致しました!では、早速お嬢様の総仕上げをしましょう!」


 「えぇ!」




 二人の掛け合いの言葉を聞いて、アリアンナも程々に…と言いかけた言葉を溜息に変える。


 どうせ言っても無駄だろう。

 侍女同士が打ち解けるっていうのは主として有難い限りと諦めるしかない。


 綺麗にして貰えるのは一応年頃ですし、嬉しいものだし、新作のドレスは心躍るものがあるわよ。


 でもね、コルセットで括れた腰や、デコルテからの胸元なんて、意中の殿方がいるとか、注目を集めたいとか目的があるものでしょう?


 舞踏会なら譲れるところもあるけど、謁見よ。


 王に魅力振り撒いてどうするの?ってのは……きっと私だけの考えなのよね。


 侍女達との心の格差を感じるわね。




 (……ふっ…)




 これから二人のあーでもない、こーでもないという途方もない時間に、空腹で耐えていくことを予知の魔力を使わずとも察し、心の中で愚痴るアリアンナであった。










 ──────────────────────






 王宮の廊下を侍従を三人ほど連れた紳士が歩いて行くのを捉える。


 その集団に追い付こうと足早に駆け寄る。


 駆け寄った相手はジィルトの父、ジョルト・R・キャセラック侯爵だ。




 「……先程、姉上のところへ行って参りました」


 「ん?」






 娘が王への謁見となる為、仕事を抜けて謁見の間へと移動していると、息子ジィルトが合流をしてきた。


 歩きながらの異動だが、書類に目を通していたので返事がおざなりになる。




 「どうした?何かあったか?」


 「……何かというより、いつも通りです」


 「それのどこが悪い?」




 サインをした書類を侍従に渡し、下がってもいいと手振りする。そして息子の顔を目の端で捉えても、あまり機嫌が良い様には見えない。


 最近では騎士団で感情を顔に出さぬよう訓練をしている成果、元々あまり表情がなかった息子の顔だがなお無表情が増しているように思える。


 が、そこは親なので何となくの雰囲気で分かる部分がある。




 「……あの人は今回の事の重要性を分かっていないですよね」


 (ふむ……)


 「自分の立場を自覚されるべきだと」


 「……あ~……」


 「何か?」


 「いや。何でもない」




 (仕方がない、息子よ。残念なことに姉上は知らないのだよ)




 「殿下達に何か言われたのか?」


 「そんな事は……ただ」


 「ただ?」




 さっき姉の部屋で起こった殿下とのニアミスを父親にどう説明すればいいか、言い淀む。


 でも自分は謁見には立ち会えない。だったら耳に入れておかねば、あの姉のことだ父親が対処を強いられる状況も招くかもしれないとジィルトは考える。


 気持ち、居住まいを正すと、先程の出来事を話した。




 「なので、姉上にもしもとなれば、殿下に迷惑を掛けることは必須と……」


 「ははっ」


 「父上?」


 「そんなに姉は信用出来んか?」




 滅多に声をあげて笑うことなどない父親に、盛大に笑われて顔が熱くなるのを感じるが、言ったことに偽りはないので質問の意味を考える。


 本来であれば家柄から育ちを考えても姉が今回の件に絡めば、当然向かうところ敵なしになる結果は分かっている。


 だが最近の姉を振り返ると、只ならぬ侯爵令嬢と化してきていることは間違いない。


 いや、この姉の正体を父達が気付いておらぬやもしれない。


 ならばやはり強く反対を申立てるのが臣下のそれではないか?と思う。




 「信用に足るか足らぬかではなく、今日のような事をなされる姉上では務まるものも務まらぬと思うのです」


 「なるほど。しかし最後にお決めになるのは殿下ではないかな?」


 「……殿下次第ということですか……?」


 「まぁ、こういう事は貴族たるもの本人が決める事も無きに等しいからな。王陛下次第であろうとも言っておこう」




 「ただな」とジョルトは隣を歩く息子の顔を覗き、極上の笑みをもたらすと前置きをして話し始める。


 「案外、運命というものは本人が気付かぬうちに動いていることもあると加えておこうか」


 「……?答えになっておりませんが?」




 まだ訝しむ息子の背中を軽く叩き、ジョルトの足取りは久し振りの楽しい期待に軽くなるのだった。

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