第9話
アリアンナとジィルト二人で色々話していると、遠くから随分と急いだ足音が近づいてくる。
「……サーシャ」
息も絶え絶えに、ミシェルを連れたサーシャが走り込んできた。
「お嬢……さ…ま……」
「……私の部屋からここってそんなに遠いの?」
「そ…んなこ……とはどーぉでもいいんです!!」
サーシャはいつもはきちんと結い上げられた髪が乱れており、顔が怖い程真剣だ。
「ジィルト様、ありがとうございます。先程の方はまだ、いらっしゃいますか?」
こうなったサーシャの詰め寄る勢いを知らないジィルトが固まっている。
「…あの、方は、もういない」
「っ!」
(……サーシャ、悲鳴は声に出さないと意味がなくてよ?)
「ジィルト様があの方と言われる方で、あのお姿となればやはり?!」
サーシャは両手で両頬を覆い、口が縦に開いている。
「………デルヴォーク殿下だ」
「@*#+&%っ!」
(あ、今度は何となく分かったわ。精神的な悲鳴よね?先程私も経験したもの)
「お嬢様、直ちに家具をお部屋に!」
「まだお茶を飲んでいないわよ?ジィルトもいるし、お湯を取りに行く手間が……」
「おーじょーぉ様っ!」
「はい!」
サーシャの迫力に押され、家具に魔力を掛ける為に手を上げるが、途中良いことを思い出したのでジィルトに声を掛ける。
「ジィルト、先日の魔術を家具の足に施してくれない?」
……だから。露骨に嫌な顔をするの良くなくてよ。
「私達が拭くより綺麗になるのだから、いいじゃない」
私が言えば、ジィルトは仕方なしにのろのろと水の魔術を使う。
「そのまま、部屋に戻してくれる?」
「………」
「「きゃあ!!」」
返事はしないが、言われたことはやるジィルトに、水の魔術で突然体を持ち上げられたサーシャとミシェルが悲鳴を上げる。
戻して欲しかったのは、丸卓と椅子だが、結果助かったので二人には悪いが良しとしよう。そのまま部屋に戻るジィルトの後を追い、アリアンナも魔術で風を出し部屋へと戻った。
部屋では一早くサーシャが動き出していたが、魔術に免疫のないであろうミシェルは座り込んだまま、ぼぅっとしている。
一先ずそのミシェルに構うことなくサーシャはジィルトに質問を続けていた。
「ジィルト様、先程は大変お見苦しいところを申し訳ございませんでした。それで、本来のご用件は何でございました?」
「あぁ。今回登城されたご令嬢方が姉上を入れて三人なので一人ひとりではなく、王陛下への謁見は全員になると伝えに来た」
「分かりました。因みにどちらのお嬢様方か伺っても?」
「一人は外の侯爵家の方で、もう一人が伯爵家の方だ。名前まではまだ知らされていない」
「ありがとうございます」
ジィルトの話を聞くやいなや、私の方へ向き直ったサーシャは一つ手を叩くと
「アンナ様」
「はい!」
「着替えますよ!」
「……はい?」
サーシャとは長い付き合いだが、この状況で着替えとは?
「待ってサーシャ。謁見でも失礼のない様にこのドレスで来たのよ。着替えなくても……」
「いいえ、お嬢様。他家のお嬢様方とご一緒のこと、断じてキャセラック家のご息女として、王陛下の御前にて一線を隔さねば!」
(……いえいえいえいえいえ。そんな一線作りたくもなければ、超えたくもなくてよ!)
「大丈夫よサーシャ。王たる者、小娘達のドレスなんて見てないわよ!それにお茶もお昼もまだだし」
「まだで良かったじゃないですか。コルセットを締めるのにも腕がなります。ミシェル、衣裳部屋でドレスを並べ始めてくれる?」
ミシェルに指示を出す。
呆けていてもさすがは王城侍女だ。「はい!」と返事とともに飛び上がり衣裳部屋へと駆けていく。
「サーシャ、聞いている?私、ドレスは着替えなくてもって」
「えぇ、聞いております。外でお茶をしたいと仰られてから、全っ部聞いております。私がお嬢様の我儘をお止め出来ず、あろうことか王子殿下の前で、はしたない姿をお見せすることになり、謁見にてまた何かあれば、これ以上の失態なんて旦那様や奥様に顔向け出来るはずがございません!」
語気を強め、一歩、一歩ずつ私に近づきながら
「よって、お嬢様をどこへ出しても恥ずかしくなく仕上げる私本来の侍女の仕事を全う致します!」
言い切ったサーシャの目は座っていて、アリアンナの両腕を掴む手は力が込められている。
これ以上彼女への反論は許さないと暗に語っている。
そんなサーシャの目から視線を反らすことも出来ず「……はい」とだけ小さく答えた。
(顔が…近いわ……サーシャ)
ただ一人ジィルトだけがサーシャからの安全地帯で立っていたのだが、本来の職務全うに向け、スイッチが入った彼女に見つかる。
「ジィルト様、いくら姉君とはいえ婦女子のお時間ですよ。ご退室をして頂かなくては」
「あ、あぁ」
さっきまでは確かに敬われていたはずなのに完全に邪魔者扱いなのもどうかとは思うが……八つ当たりの流れ矢が刺さった身としては、言われるまでもなく帰るつもりだったので
「……では、姉上」
簡単な挨拶を残し、扉へと向かう。
その背中にサーシャから容赦ない声が飛ぶ。
「あ、その水差しのお水、お湯にしていって貰ってもいいですか?」
「………」
自分より年上の侍女に呆れた目を向ければ、さぁどうぞと言わんばかりに微笑まれる。
姉が主という時点で、主が主なら侍女も侍女なのである。
またものろのろと水を熱湯に変える。
退出の一声を掛けようにも姉の周りを侍女達が忙しく小回りし、自分の事などすでに忘れているかのようだ。
ジィルトは無言で口を引き結び、廊下へ出るとこの日最大の溜息を辛うじて、扉を閉めた後に吐いた。
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