第7話
早速ミシェルが荷解きの手伝いをサーシャの指示を受けながら、行っていく。
本来であれば王城の侍女達も手伝うところだが、あまりに荷物がなくサーシャと女官長が話しミシェルと二人となった。
てきぱきと箱の中身を出していく二人を眺めながら、とりあえずアリアンナはすることがないので部屋の奥にあるバルコニー側の窓の方へ歩いていく。
窓の外は初秋へと入り落ち着いたいい天気で、外でのお茶も出来そうだ。
ここタルギス王国は、春と夏が短く一年のほとんどが秋の気候だ。勿論、冬もあるが決して短くはないが寒さは厳しい方だ。
ふと気付けば、東屋だろうか、下に広がる庭園内に少し開けた場所があり、六角の屋根が見える。
(さっき言われた時間まではまだあるし……お庭、気持ち良さそう)
先程、女官長が去り際「王様への謁見は午後になりますので、それまではご自由にお寛ぎ下さい」と言っていた。ならばお言葉に甘えて庭園散策をしようと思う。
サーシャ達を振り返れば、だいたい仕舞い終えたのか二人で話しながら、こちらへ来るところだ。
「お嬢様、たいだいですが荷物の片付け終わりました」
「サーシャもミシェルさんもご苦労様。お茶の前に、改めてミシェルさん、王城ではミシェルさんの方が私わたくし達より先輩ですから、色々気付いた事は遠慮なく教えて下さいね」
「はい。それはもちろん、私わたしで分かることがあれば何なりとお聞きください。これから精一杯お仕えさせて頂きます。それと、私にさんを付けて頂かなくて結構ですので、アリアンナ様もサーシャ様もその様に」
「心強いわね」
微笑みながら、私と歳もそう変わらないのに、仕事振りも受け答えもさすが王城の侍女といったところか、感心する。
「私も様はいらないわよ。それではお嬢様、お茶のご用意を致しますね」
サーシャも満足そうに頷きながら、支度に取り掛かる。
今日は王城での動きが読めなかったので、いつものお茶菓子だけではなくて、サンドウィッチ等の軽食もキャセラック家より持参した。
ならば、いつもより豪華なお茶は絶対に外に出て気持ち良く頂きたい。
「それなんだけど。サーシャ、外でお茶にしない?」
茶器が入っている箱を持ってきて、卓の上に用意を始めていたサーシャの手が止まる。
「……お嬢様?今、何と?」
「だから、外よ。こんなにいいお天気なのよ、外でのお茶なら尚、美味しくてよ」
「いけません」
「あら、なんで?謁見にはまだ時間はあるし、お茶をしつつそのまま軽いお昼にもしましょう」
「いけません」
アリアンナが話していた途中だが、もう一度サーシャから真剣にダメ出しが入る。
「いいじゃない。お茶の用意なら私が運ぶし、お庭に素敵な東屋があるのよ」
ね?とミシェルに顔を向け、同意を求めれば
「はい。確かにこのお部屋からなら東屋が見えますが、道具を持って移動となるとかなりお時間は掛かりますよ」
ほら見たことかと、今度はサーシャがミシェルに同意する。
「お嬢様、今日は着いた当日ですよ。目立たないとあれだけ豪語していて、何、言ってるんですか。最初が肝心なんですよ。よって、お茶はお部屋でご用意致します」
「そうよ、最初が肝心だわ。ミシェルにだってこれから慣れて貰わなきゃいけないし」
「だったら、徐々に慣れていけばいいんです」
「いいえ、サーシャ。お茶は外で飲みましょう!」
そんなやり取りを見ていて、おろおろしないだけマシか、ミシェルは驚いたような顔はしつつも、笑顔の主人と怒りを隠しきれていない先輩侍女の会話をしっかり聞いている。
「……」
はあぁぁ。と大きな溜息をついたサーシャだ。
「ミシェル、お庭は普段、人通りとかどうなってますか?」
「?こちらは西の庭園となるのであまり人は来ないかと……」
「旦那様がお知りになられたら何と言われるか……」
「お父様も喜んで来て頂けると思うけど。じゃあ、いいのね?」
「……大変不本意ですが、致し方ありません」
「きゃぁ!ありがとう、サーシャ」
サーシャからのお許しが出て、胸の前で小さく拍手をしてしまう。
「いいですか、お嬢様に負けたのではなくて、お天気に負けたんですよ」
一言余計に付けつつも、ついつい主の我儘を許してしまうサーシャは、渋々ながら道具を片付け、ミシェルにもう一つの箱を持たせバルコニーへ移動を促す。
ミシェルはまだ訳が分からず、とりあえずアリアンナとサーシャについて行くだけだ。
バルコニーへ続くガラスの窓を開け放ち、三人で出てみる。
なるほど、確かに、人影もなさそうな庭で、東屋もそう遠くなく見て取れる。
「じゃあ、私が先に行くわね。それからテーブル……それだと大きいから衣裳部屋にあった小さい丸卓をこちらに用意しておいて。その後、椅子とあなた達を下ろすから」
「ではお嬢様。荷物を全部下ろし終えてから、皆で東屋に向かうんですからね」
「分かっているわ。丁寧に下ろすから任せておいて」
とアリアンナは言い終えると、ふわりと浮き上がり下へと落ちた。
「お嬢様!」
ミシェルは慌てて叫んで、手摺に駆け寄り、下を見れば笑顔で手を振っているアリアンナを見れる。
そう。アリアンナは無事だ。大怪我をしていてもおかしくない高さから落ちたのに!
いつの間にか横に来ていた、サーシャを見れば、苦笑を返してくる。
「あれがうちのお嬢様。名門侯爵令嬢にして風の魔術をお使いになられるの。しかも、か・な・り」
開いた口が塞がらないというか、辛うじて口は閉じたままだったが、驚きは隠せない。
そんな話をしている間にもお茶の道具が入った箱は、ふわりと浮かび下ろされる。
「さ、驚きながらでもいいから、丸卓を運ぶの、手伝って」
衣裳部屋へ向かうサーシャの背中を、小走りに追う。
丸卓は、二人で運べば案外簡単に移動できた。それをバルコニーへ置き、椅子も三脚用意する。家具が揃ったところで、下に声を掛ける。
下で待っていたアリアンナは、その家具たちを浮かせ下ろす動作をする。
注意深く魔術を使っていると、後ろで枝を踏み折るような音が聞こえたような気がした。
気がしたが、慎重に家具を下ろしている手前、よそ見をするわけにもいかず、家具と地面との距離が残り二、三メートルとなった、その時。
「何をしている」
「?!」
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