第5話

 お父様が最低限の荷物でいいと言うには訳があり、今いるこの屋敷は王城を囲む城壁から数えて二の郭の内側にある。


 王城にはまず、城を囲む城壁があり、次の城壁までが一の郭。その一の郭に屋敷を構えることが出来るのは、先王だったり現王の兄弟や子ども達など王家の血筋である分家にあたる公爵家のみ。


 その次の城壁までを二の郭として、王家との繋がりを持つ侯爵家となる。とはいっても、長いタルギス王国の歴史の中で王家と姻戚付きにもなったことがある五家のみで屋敷を頂いている。


 その二の郭までの王城からの距離が、歩いて一時間程の敷地にある。


 だから例え忘れ物があっても、急遽必要なものができてもすぐに届けられるから、何ならそれにかこつけて屋敷に帰って来いっていうのが、父の言う「最小限の荷物で行きなさい」に繋がる。


 その上父が王城勤務で、弟は王立魔術学院に籍を置く騎士団員だ、二人に会うのは容易い事なので、どちらかに会い入り用な物を言付れば、次の日には手元に揃うだろう。








 それでもささやかに揃える物はあるのでサーシャと城下に出ようと予定を決めた。




 「お嬢様、本当に私一人で宜しいんですか?」


 馬車の中で向かいに座っているサーシャが口を開く。


 「あら。いけない?」


 「お嬢様の仰られることは分かりますが、侍女は五人まで連れて行けるのですし……何よりキャセラック家の面子といいますか……」




 登城の為に用意する物の他に、必要になるであろう物を見に出て来た移動中に、サーシャから心配からくる非難めいた小言を言われる。


 サーシャとてまだ若いが、アリアンナの侍女として侯爵家の侍女として普段であれば毅然としてられることも、やはり王宮となると勝手は随分違うだろう配慮であろう。


 私からすれば、何年もという長い間見習いに行くわけでもないのに、ぞろぞろと侍女を侍らせていく手間の方が良いとは思えない。ただでさえキャセラックの名は目立つのに、自ら注目を集める材料を持ちたくないのだ。


 よく考えれば家からでも通える距離に、王命として王城に詰めることとなったのだから、この機会に思いっきり楽しむことにした方が有意義に魔術が勉強出来るはずである。




 「変に目立つより断然いいわ。例え私の侍女が一人でも、家の名を落とすことにはならないわよ。それよりサーシャ一人で、色々して貰わなくてはならない事が増えるから苦労を掛けることになるのだけど……」


 「それは全然、大丈夫でございます。私一人でも、お嬢様のお世話を完璧に致しますから!」


 「そう?だったらお願いね」


 上目遣いに心配をすれば、責任感に目覚めてくれたサーシャから頼もしい返事が返ってくる。


 (サーシャには悪いけど悪目立ちだけは気を付けないと)


 王城でのキャセラックの名は隅々まで届いているだろうから、気を付ける以上に細心の注意を払って脇役に徹せねばなるまい。例えサーシャを巻き込むかたちになっても。




 (罪の意識はあるけど、自由と魔術の為ですものね!サーシャにはおいおい話していきましょう)




 信頼のおける侍女に対しての良心が痛むが、とりあえず目的の為に目を瞑つむることにする。








 「ところでお嬢様、この馬車はどこへ向かわれているんですか?」


 決意を新たにしていると声を掛けられた。


 馬車の窓から小さなカーテンをめくり、外を確認する。




 「間もなく着くと思うけど……あ、ほら、見えて来たわ」


 「……あら?」




 馬車が速度を緩めると店の前で停まる。


 店は大通りより一区画奥まった通りに面し、外装は落ち着いていながら瀟洒しょうしゃな雰囲気を醸し出している。


 馭者ぎょしゃが足台を用意し、サーシャから降りるとアリアンナに手を差し出す。


 手荷物を受け取り、また迎えに来るよう言い渡す。




 「先日の時に何かあったんですか?」


 「まぁまぁ!とにかくここではなんですもの、中へ入りましょう!」


 アリアンナも先日初めて母親のお供で店を訪れたばかりだが、サーシャは初めてである。


 不思議そうに店を見上げるサーシャの両肩を手で押しながら、店の中へと入る。






 入店すると間もなく、店の者が挨拶をしに出て来た。


 予約はしていないが、店主に会いたいと伝えると慌てて奥へと下がる。




 「……お店の方に来たの、初めてですけど、立派ですね~」


 サーシャが店の中をぐるりと見渡して呟く。


 「本当ね」


 確かに調度品を見ても、内装にあった凝った物が品良く並んでさながらアトリエのようである。


 何度来ても飽きないであろう素晴らしい造りだ。


 二人で失礼にならない程度に室内を見ながら待っていると、程なく奥から店主である、シャルル・ベルタンが出て来た。




 「アリアンナ様?!いかがなされました?」




 突然の訪問に驚いているようでいつもより声が大きくなっているが、本来であれば屋敷でいつも顔を合わせているのでそれも致し方ない。


 ベルタンは、最新のドレスを普段使いに出来るよう、シンプルなデザインに変えているが、またそれがよく彼女に似合っていて本人の魅力をよく引き出している。今の王都でのモードの最先端をいく彼女が、キャセラック家お抱えのドレスデザイナーである。




 「いえ、ごめんなさいね。本当なら予定を聞いて伺うのが当然なんだけれど、どうしても内緒であなたに会いたくて……。このあとご都合はいかがかしら?」


 「せっかく来て頂けたのに、予定なんて!アンナ様のお時間に致しますわ」


 「本当にごめんなさいね」




 突然の訪問に嫌な顔は見せず、あるであろう予定を変えさせてしまって申し訳ないが、こちらも時間がないので心からの謝罪と共に、後で何かお礼をと考える。


 「こちらこそ、ゆっくりして頂いてって、この間のドレスに何かありましたか?」


 そうなのだ。一昨日、新しいドレスの採寸とデザインの話をしに会ったばかりなのだから、聞かれるのも無理はない。


 ベルタンは店の娘にお茶の支度を言いつけ、アリアンナ達を店の二階へと案内する。




 二階部分は広い一部屋で、中央に応接卓と椅子が用意され、入った正面の壁一面が鏡で、両端にはドレスが数えきれない程掛かっている。




 「いいえ、先日のドレスも素晴らしいし、あれを王城で着れるかと思うと出来上がりが楽しみよ」


 「では、装飾で何か追加の物でも思いつかれました?」


 アリアンナの手荷物を預かりながら、椅子を勧めると自分も向かいに腰を下ろす。


 「いえ、そうじゃないの」


 この期に及んで言いよどんでしまい、ベルタンからもサーシャからも疑問の顔が向けられ、視線が痛い。


 「……では、何を……?」


 先を促すようにベルタンが問いかけてくる。


 「…………」


 「…………」


 「……服を……作って頂きたくて」


 「……はい」


 すぅっと短く息を吸い込み、息を一気に吐きながら


 「王立魔術学院の制服を!」


 「?!」


 「おじょっ!!」




 言った勢いで目を瞑ってしまったが、そろりと開ければ、びっくりして凝視しているベルタンとサーシャからの視線と合う。


 取り繕ってほほ笑むが、あまり効いてはいないらしく


 「お待ちください!お嬢様!」


 と、サーシャのお小言が始まり掛けたが、店の娘が茶器を用意してきたので一旦中断となった。




 (まずは落ち着いて、お茶してからよね)




 最良のタイミングでお茶を出してくれたことに感謝しつつ、フルーティーな紅茶の香りで一山超えた安堵の緊張を解いていくことが出来た。


 店の者が給仕に当たっている為、一時休戦したがギリギリとアリアンナを見るサーシャの視線は痛い。




 あのサーシャのお小言を止められて、ベルタンが納得する理由をこれから話さなくてはならないのだけど……ただ欲しいじゃダメかしら。




 あえてサーシャの方を見ずにお茶をしているアリアンナの心境は嵐の前の静けさを保っていた。


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