第4話
キャセラック 侯爵家
王城にて行儀見習いの令嬢を召すこととなった
貴家のご息女も登城なされるよう
紙から目が離せないまま、時間にしては数秒でも、精神的にはもの凄い長い時間を掛けて内容を理解する。
(……で、決定なわけよね……)
そろりと向かいに座る父を伺い見れば、ゆったりと椅子に背を預け満面の笑みから無言の圧を感じるのだが、それでも無駄な抵抗を試みる。
「……お父様、他家の皆様はどうされるのですか?」
「うむ。侯爵筆頭五家で年齢が当てはまるのは三人。その内一人は妊婦で、一人は結婚式を控えているそうだ。」
(……くっ、要するに暇してるのは私だけですね!)
この冬に楽しみにしていた予定は終わった……
膝から崩れ落ちた気持ちのまま、なお気になることを聞く。
「……期限がございませんけど、いつ家に戻れるのですか?」
「それだがな。行儀見習いもいいがこの際だ、半年……ないし一年くらい王城で出来うる勉強をするのはどうかな?」
「……?」
「その上でだ。王立魔術学院への出入りの許可をこちらからも手紙を出そうと思う。……どうだ?」
「!」
父から茶目っ気たっぷりにウィンクを投げられ、喜びで自分の顔が笑みと共に紅潮していくのが分かる。
(なんてこと!誰が不吉な紙なんて思ったのかしら!)
「勿論!謹んでお受け致します!」
身が乗り出すのを僅かな理性を使って押し止め、勢いそのままに返事を返す。
さっきまでの不幸の手紙そのものだった紙が、楽園行きの切符に見え輝いてさえ見える。
「決まりだ!」
娘の喜ぶ姿に満足そうに笑うと、家令に祝杯用のグラスを言いつける。
アリアンナはそんな二人のやり取りを心此処に非ずと、眺めながらぼぅっと反芻してみる。
要するに行儀見習いは建前で、私の好きな魔術の勉強もしてきていいよ~と暗に甘やかしの登城と分かったことにも、ほっとして小さく息を吐く。
お父様の手元で掲げられたグラスに、手元で少しだけ上げ返すと、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
それからの会話は、登城に合わせて準備をしていくものや、王城での注意など、明日からの薔薇色の日々の予定しか出てこない。
今のことで、先読みの力がないことを大いに自覚し、素質がなかったことにむしろ感謝しつつ、先程の鬱とした気持ちを吹き飛ばすくらい楽しいものとなった。
「それではお父様、お先に下がらせて頂きます」
「あぁ。明日から忙しくなるとは思うが、最低限の用意で、何かの時には帰るようにしなさい。よく母様とも相談するように」
「はい。おやすみなさい」
退出の挨拶を終え、扉を開ける前に父を振り返りもう一度深くお辞儀をしてから廊下に出た。
嬉しさで飛び跳ねたい衝動に駆られるが、そんなことは勿論出来ないので、緩む口元くらいは手で隠して、人生で一番の早歩きを発揮して自室に向かった。
部屋に着いて、クッションに顔を埋めてこれまた人生初の大声で叫び続けることとなった。
事情を知らずに湯浴みの用意をしに来たサーシャに止められるまで、ベッドの上で暴れてしまったのは言うまでもない。
次の日からお父様に言われた通りに、お母様と持っていくものを確認してサーシャに、とりあえずの準備の予定を伝える。
サーシャは、昨夜のアリアンナの錯乱(?)状態の理由がわかると純粋に喜んでくれた。
けれどアリアンナの登城の真の目的を思い出して「婚期がますます遅れてしまいます!」とサーシャのお小言がいつも通り続いた。
結婚など無きに等しい今の私の耳には、全く届いてはいなかったのだけど。
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