第3話

 では何が楽しみかといえば、魔術。

 本当に魔力持ちで生まれて良かった!って常々思っているくらい。

 大魔術師様!みたいに派手な大技とかは出来ないけれど、小さいこととはいえ四つ同時に別々の魔術を使うとか、自分でいうのも変だけど目の付け所はいいと思う。

 いずれは派手目な魔術も出来るようになりたいし、何なら聖属性があるかどうかの判定を受けにいって、回復魔術とか出来るようになったら凄いことだしね!


 ……ただそれも私的にってだけだけど……。


 基本的に魔術の勉強は今のところ、自学が主。

 両親も魔力持ちだから候爵家とはいえそんなに大反対はされてはいないけれど、一応周りの空気を読めば表立ってはやらない方がいいという配慮は忘れてはならなくて。

 だから弟のジィルトが王室付き魔術近衛騎士団に入団が決まった時は、祝う気持ちもあったけれど羨ましくて……こぅ……嫉妬心が……

 お勤めとなれば、色々と大変なのはわかるつもりだけど、何といっても王立魔術学院アカデミーに在籍できるっていうのがね!もー特別な事なのよ!

 私が在籍出来た暁には、国内外の魔術の勉強は勿論、魔力持ちのお友達だって出来るだろうし……魔術漬けの日々なんて憧れだわ~!

 でも人目を憚る侯爵令嬢が魔術師なんて……夢のまた夢……。

 ふふっ……辛いわね……。

 あ、でも、結婚などせずに入学してしまえばこちらのものかもしれないし、とにかく入学を目指さなくてわね。

 あ~そんな素敵なこと考えただけで顔がにやけて……。


 「……。お嬢様?聞いてますか?」


 紅茶のカップを手に飲みもせず、にまにま考えていると、サーシャの声で我に返る。


 「えぇっと、なんだったかしら?」


 やっぱり、という目をサーシャから向けられる。


 「旦那様がご夕食の後に大事なお話があるとかで、残られて欲しいそうですよ」

 「……何かしら?サーシャ、聞いてる?」

 「いえ。ただ、大事なお話、とだけ」


 (……そろそろ領地に帰る時期よね。帰る日取りでも相談するのかしら?)


 「分かったわ。ありがとう」


 サーシャに告げると、特に思い当たる重要なこともないので、別の話題をサーシャに振る。

 彼女が切り分けてくれたフルーツタルトは、まだ酸味の残る甘酸っぱい林檎に、胡桃などの木の実が入っていてしっかりしているのに後を引く美味しさが、紅茶の香りを引き立てて、杯を重ねてしまう。

 サーシャにも椅子を勧めて、同席を誘う。

 本来なら侍女が主と同席でお茶するなんてことはあってはならないことだけど、そこは私との付き合ってきた年月がある。その上、主たる私が許しているのだからそこはそれ。ということだ。

 他の誰より的確な話相手をなるサーシャをお茶に誘わない手はない。

 ただ、彼女の手が空いていたらの話で、彼女の仕事に支障が出るまでの無茶はしない。

 だから、今、着席をしてくれたということは、これからの優雅なお茶の時間は、女子トークの花で満開になることは必至なのである。



   ❁     ❁     ❁





 (……おかしいわね……)


 夕食はいつも通り、両親に弟と家族全員同席し、会話も予想していた帰領する準備の日程なども出て、ジィルトの騎士団への休暇申請が下り次第と決まったり、来春の社交界でのドレスのデザインを決める為に御用達のデザイナーをいつ呼ぶかとか……特に取り立てた話題もなく終わってしまった。

 両親に変わった様子はない。

 弟のジィルトが帰宅した為、いつもよりは口数が多く今日あったあれこれを話していた。

 それでもサーシャから言付かれた、食後に父の書斎へ行くことに変わりはないらしい。なぜなら、そのことについての話が出なかったからなのだが……。


 (家族で話すことでもないのかしら?)


 ともかく、どんな話なのかは聞いてみないと分からないようだ。

 執事に呼ばれ、書斎へと移動する。

 一先ず、話題についての予想は考えることをやめることにした。



 執事がノックをすると、間を置かず入室を許された。

 書斎机で手紙のような紙を見ていたらしい父は、長椅子の方へ移動して来る。

 手には紙を持ったままだ。

 部屋では父付きの家令が、食後の珈琲を静かに用意しはじめる。

 普段であれば食後はお酒の種類を変えて飲んでいるはずが、私に合わせてアルコール抜きで話すことなのか私に座るよう勧めながら、早々に自分は腰掛ける。


 (……凄い……笑顔だわ……)


 父ジョルトは王宮で宰相の職に就いている。

 仕事柄王陛下をお助けして、様々な政治的手腕を振るっているはずだが……。

 娘の私から見ても、笑顔を崩したところを見たことがないような気がするくらいに、基本笑顔の人である。

 歳相応なといえば、そうなのかもしれないが、肩下に揃えられた金髪は年齢を感じさせない艶やかさを保っていて、騎士の様に体を鍛えているわけではないけれど、馬にも乗るし剣も使える体は引き締まったままだ。

 普段からも温和な人柄で、どうやって日々の国政なり侯爵家の家長の務めをしているのか疑問が沸くが否、この笑顔ですべてを乗り切っているのやも知れない。

 娘には見せぬ顔をいくつも持ち併せているだろう。

 そして、その笑顔はいつもより度合いが多いような気がするのは否めない。


 「……お父様?何かお話があるのですか?」

 「うむ。呼んだのは他でもない」


 用意された珈琲に口を付け、一息つくが話を始めることなくゆっくり味わっている。

 家令がその後も支度を続けていく音だけがする。

 私の前にもコーヒーは用意されたが、お父様の話が済むまではとても手をつける気にはなれず、香りまで愉しみ、コーヒーを堪能している父から目を離すことなく身動ぎも出来ない。


 (何でしょう……変な緊張感が……笑顔の理由が呼ばれた意味よね……)


 私からの視線に気づいていないのか、カップをソーサーに戻すと、話始めるのかやっと目線が合う。


 「ところで、アンナはデビューして何年になる?」

 「三年目になりますけど……」


 うんうんと頷きを返しつつ、「歳の頃は十九か」とぶつぶつ言いながら笑顔は崩さない。

 何となく感じ始めている予感が良いものとも悪いものとも判断がつかないが……

 (とりあえず、お父様が持ってらした紙が原因だとすると……)

 二杯目のコーヒーを一口飲み、おもむろに置くと、今までの笑みを消して少し真面目な顔になる。

 その向かいに座る私の顔も勿論お父様を凝視していて、見つめ合う形になったしまったが。


 「アンナ、来月から登城しなさい」


 にこっ。


 「っ!?」


 (「にこっ」って聞こえない微笑みが聞こえたような?というか、そっち?そっちなの?ってどっち?!てっきり縁談の話かと思いましたのに。でも待って。セーフなのかしら?……あぁ、満面の笑みで返事を待ってらっしゃるわ……)


 よく分からない方向からの攻撃に、軽いショックを受けつつ顔が引き吊るのを抑える。


 「……お父様?突然の登城とか……とりあえず理由を伺ってもよろしい?」

 「いいとも。まずはこれを読んでごらん」


 ご機嫌のお父様が差し出した、先ほどの紙。


 (……少しもいい予感がしない紙だわ……)


 先読みの魔力は持ち合わせてはいないはずの私でも、こんなに分かり易い父の上機嫌に背筋が伸びる。

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