第2話
サーシャを見れば、目線だけで机とレースと刺繍と……私の手首にあるリボンを確認している。
「……はぁ~」
確認をし終えると大きなため息を吐かれた。
(うぅ…沈黙が辛いわ……)
「お嬢様、まさかとは思いますが四つ同時に魔術を作用させられたんですか?」
あぁ!そうよ。思い出せば苦節数年、一番力を注いでいたことが出来るようになったんだからきちんと喜ばないとね!
「そうなのよ!やっと出来たの!まだまだ調整の余地はあるけど、とうとう念願の四つよ!」
サーシャの不穏な雰囲気を気にしないとばかりに、少々オーバーリアクションになる。
「アンナ様」
「はいっ!」
(あ。これあまり良くないわね……)
アリアンナの顔に薄い笑いが張り付く。
「よろしいですか。我が国において魔力を持たれている方々、皆様ご立派に魔力をご使用になられておいでです。まして、我が国筆頭侯爵家のご令嬢で、何をするにも全て完璧にこなされ、どこへ出しても恥ずかしくないようお育ちになられたのに、デビュー以降壁の花に徹底されるし、魔術の勉強を今更極めようなどと言い始めるし!」
(……口調が崩れてきていてよ、サーシャ)
目を瞑り握りこぶしを作りながら、だんだんお説教から愚痴へと変わるにしたがって語気が強くなっていくサーシャを生温かい目で見守るしかない。
「幼い頃からずっとお世話をさせて頂いて、こんなに素晴らしくお育ちになられてと毎日夢のように過ごしておりますのに、ここ最近は魔術の練習と称し何かにつけ手を抜かれるし、ご縁談だってアンナ様なら選り取りみどりで、なのにすべてお断りになるし!もういい加減になさってください!」
思い切りよく言い終えたサーシャは、これまた勢いよく椅子に腰かけ、自らお茶を注ぐとカップを一思いに煽る。
「……ただ、まぁ、同時に四つの魔術なんてさすがですけど」
(でも褒めてはくれるのよね)
ジト目で見てくるサーシャに苦笑しつつ、礼を返す。
サーシャはここ最近の溜まっていた愚痴を吐き出したせいか、とりあえずは落ち着いたようだ。
そんな彼女を眺めつつ、アリアンナは心の中で小さく息を吐く。
私付侍女のサーシャではないが、私って良くも悪くもどころか、良くもなお良くもほぼ完璧な淑女に仕上がっている。
自分の評価が高過ぎて怖いくらいに。
昔から器用貧乏というか……困ったことはもちろん大きな失敗を覚えている限りでもしたことはない。
勉強もマナーもダンスも、手芸や乗馬、果ては淑女に必要か否かも分からない多少の剣術に至るまでとにかくすべての先生方のお墨付きを頂けるだけこなしても特に苦労した覚えもない。
その上、家柄も侯爵家の中で五指には入る家格だ。
容姿も普通よりはまぁまぁ上の方になるのかしら?
気にするとすれば金髪にしては髪の色が少し薄い蜂蜜のような淡い事だけれど、周囲に言わせればそれもまた儚そうで美しく映るようで、要するに、物件的には超がつく最優良物件だけど……。
社交界ではモッテモテの位置で、名立たる殿方を選べる側で…なんて見かけだけ、聞くだけなら出来過ぎなくらいの名実ともに立派なご令嬢。
だから、私は盛大に手を抜くことを決意し、実行に移すことを決めたのよ。
本当の私は、明日出来ることは今日したくないズボラだし、社交界を華々しく浮名を流しながら泳いだりなんてことは絶対に出来ないもの。
むしろ完璧なる壁の花女子を目指して日々意欲的に引きこもりの最中。
結婚だっていつかは絶対にしなくてはならないなら、今から考えたくない……というか、殿方の興味を引く時間があるなら魔術の勉強をしたいというか……
結果。
私に身についている礼儀作法の諸々は明日に繰り越せなかった大事な事で、それが毎日質良く続いた上に、反抗してまで拒否することもない事なかれ主義、もとい努力の積み重ねなわけで……。
ここまでいうと自意識過剰の勘違い娘の様に思うけど、そのくらいのことは最低限に求められるのが侯爵家で、それをこなしてこその自由しかないっていうのも本当のところ。
はっきりいって、中身が残念でダメ嬢だと自覚しているから仕方がない。
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