3.HENTAIのエイロ

「いらっしゃいま……あ、エイロさん。一ヶ月くらい来てなかったっすね。お久し振りっす」


 バーのマスターが店内に入ってきた女性に声をかける。


「あの……。ヤラヌスと……ドエミーは……」


 神々の住む世界、「神界」。


 ここは神界の中でも最大の都市。


 この都市の外れに、バー「大宝律令701」はある。


「さっきまで二人とも飲んでたんすけど、明日早いからって帰ったっす。明日は仕事っすか?」


 バーの外観は赤茶色のレンガ。内装は黒い木目をを基調としたおしゃれな雰囲気。五つのカウンター席と四人掛けのテーブル席二つだけだ。


 しかしバーにしては珍しく食事のバリエーションも豊富で、お酒だけでなく料理にもマスターのこだわりが詰まった密かな名店である。


「仕事は休みで……あってもどうせ行かないけど……」


「どうしてみんながクビにならないか俺には不思議でしょうがないっす。じゃあ何で明日の早いんだろ?」


「明日は新しいピザ屋さんがオープンで……。行列に並ぶから早く寝ないと……」


「予想と同じくらいのレベルで安心したっす。座ってくださいエイロさん。何を飲むっすか?」


 マスターは長身の男性。黒のカッターシャツに白のベスト、臙脂色のネクタイ。黒い髪を一昔前のオールバックにしている。いつも眠たい表情になってしまう重そうな瞼が特徴的で、格好いいかそうでないか評価の別れる顔つきだ。


「そしたら……飲んだら酔って意識が朦朧として横になってしまってマスターがやれやれしょうがねえな介抱してやるかってなって私を介抱するうちに興奮してきてちょっと身体をさするつもりが全身のあちこちを撫で回していき次第に私のあんなところやこんなところを触っちゃうようなお酒がいいわ」


「お任せってことでいいすね。相変わらずHENTAIトークになると饒舌っすね」


「あ……しまった……」


「じゃあこれどうぞ。フローズンダイキリっていうカクテルっす」


「白濁液……これはマスターが私に飲ませるシーンを己の網膜に焼き付けてこの色から想像してあれを飲んでるな的なイメージを膨らませることで仕事が終わった後に一人残ったこのバーの店内でマスターが私の白濁液を飲む姿を思い出しながらマスターだけにまさにあのマスター」


「世の中すべてのマスターと白いカクテルを敵にする発言はやめてほしいっす」


「またやっちゃった……ごめんね……いつも……」


 女性はおっとりとした雰囲気のたぬき顔で、美女というよりはかわいいといった顔立ち。ちょっと抜けてそうな表情なので、所謂「守ってあげたくなる」タイプだ。


 頭髪はウェーブのかかったピンク。瞳も髪の毛と同じ色。服はグレーのブラウスに深いスリットが入ったピンクのロングタイトスカートで普段着のような格好だ。グレーのブラウスは上の部分がシースルーになっており、ヤラヌス以上に豊満な胸の谷間が透けて見える。


「慣れてるんで気にせずにお酒を楽しんでほしいっす」


「ありがと……。実は今日……お願いがあって……」


「お願い?」


「うん……私とヤラヌスとドエミーは……このお店の常連だけど……もうひとり……」


「知ってるっす。エイロさんの部署は四人いるんすよね、エイロさん、ヤラヌスさん、ドエミーさんとあとは、たしか、パ、パ」


「パステール……」


「そうそう! 何度かお話に出てきた人っすね。そのパステールさんがどうしたんすか?」


「お店に……来たいって」


「そんなの俺に断ることじゃなく、どんどん連れてきてもらって構わないっすよ」


「ホントはみんなに相談しようと思ったんだけど……もう帰っちゃってたから……」


「この店は来たいと思ってくれる人の店なんで、相談なんて必要ないっす。ここに来て気持ちよくなって帰ってくれれば問題ないっす」


「気持ちよく……」


「あ」


「ということは……お酒を出した後に最近俺はマッサージも勉強し始めたんだよねただでいいから試しにどうやってみないいやむしろやってあげるから早速横になってとかなんとか言いながら最初は真剣にマッサージをしていきつつ頃合いを見て徐々にきわどい部分のマッサージに移っていってあん♪なんて声を出そうもんならますますエスカレートし」


「ごめんなさい。今回は俺のミスっす」


「また……やっちゃった……ごめん……」


「実際このやり取りも十年以上続いているんで謝る必要ないっすよ」


「うん……形式上謝ってるだけで……反省も後悔も直す気もないから……平気」


「それはそれで複雑な心境になりますね」


 カクテルを飲み、美味しそうに置いたグラスを見つめながら指でなぞるエイロ。誰が見ても色っぽい。


「さっきの話に戻るんすけど、その、パステールさんは何で俺の店に今まで来なかったんすか?」


「まだ新人だったのと……」


「二年前に入社したんでしたっけ」


「そう……だからきっかけが少なかったのと……あとは私たちが止めてたの」


「止めてた? 来ないように止めてたってことすか?」


「うん……パステール来たら迷惑かなって……」


「迷惑なわけないじゃないっすか! 大歓迎っすよ、どんどん連れてきちゃってください!」


「よかった……じゃあ次は連れてくるわ……そして何も知らない新人の子にマスターが手取り足取り飲み方を教えてあげるぜってなってそのままああ残念だけど閉店の時間がきちまった続きは俺の部屋でやろうぜってなって全く何をやるんだかってところだけど新人だからそういうこともわからないままマスターの部屋にお持ち帰りされ」


「そんなん誰にもやったことないっすよ。あとずっと前から思ってたんですけど、よく息継ぎもせずにそれだけ一気に喋れますね」


「うふふ、ありがとう……」


「いや、あ、褒めてるか。褒めたっす」


「私たちも……世間では『ダメガミ』とか呼ばれて……いるみたいだけど……みんな才能を持った素晴らしい人たちだわ……。グラス……ここに置いとくね……。同じのもう一杯……もらえる?」


「エイロさんもよく気が利く素晴らしい女性っすよ。おかわりちょっと待っててください」


 グラスを片付け、手慣れた様子で新たにカクテルを作り出す。その姿を潤んだ瞳でエイロが見つめる。


「このまま私は酔わされ」


「はいできましたよ、どうぞっす」


「わざと……潰したわね……」


「何のことだか」


「大丈夫……今回はパステールを連れてくる……相談をしに来ただけだから……」


「楽しみに待ってるっす」


「こう見えて……マスターには感謝してるの……。ダメガミと言われている私たちを……温かく受け入れてくれて……。なので、パステールもお願いね」


「みなさん素敵なのでこっちとしても楽しく話ができているっす。じゃあ」


「おかわり……」


「あ、まだ飲むんすね」


「当然……意識がなくなってマスターにあられもない隙だらけの私を見せつけそれに興奮したマスターはちょっとだけと思いつつ私の柔らかくて豊満な」


「あんまりやりすぎるとR18になるんでやめてほしいっす」


「また……ごめんなさい」


「ごめんって思ってないですよね?」


「……もちろん」


「エイロさんって実はトークに安定感あるっすね」

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