4.サイコなパステール

「いらっしゃいま……あ、エイロさん。と、パステールさんですかね。初めまして」


 バーのマスターが店内に入ってきた女性二人に声をかける。


「どうも……パステール連れて来たよ……」


 神々の住む世界、「神界」。


 ここは神界の中でも最大の都市。


 この都市の外れに、バー「大宝律令701」はある。


「エイロ、こいつがマスターか! とりあえず斬っていいか?」


「だめ……」


 バーの外観は赤茶色のレンガ。内装は黒い木目をを基調としたおしゃれな雰囲気。五つのカウンター席と四人掛けのテーブル席二つだけだ。


 しかしバーにしては珍しく食事のバリエーションも豊富で、お酒だけでなく料理にもマスターのこだわりが詰まった密かな名店である。


「そうか! タイミングを見てからヤツを斬ればいいんだな!」


「あのーー、パステールさん。ここはバーっす。人を斬るところじゃないっす」


「なるほど。そうやって油断を誘うのがここのやり口ってことか。もう読めた、アタシにその手は通用しないよ。ならば先制攻撃! この剣をくらえ!」


「ひいいいいいい!」


 マスターは長身の男性。黒のカッターシャツに白のベスト、臙脂色のネクタイ。黒い髪を一昔前のオールバックにしている。いつも眠たい表情になってしまう重そうな瞼が特徴的で、格好いいかそうでないか評価の別れる顔つきだ。今は恐怖に震えて情けない顔になっている。


「待って……」


「何だよエイロ、アタシの腕を掴んで」


「パステール……前にも話したけど……ここはバーでお酒を飲むところよ。あなたがお酒を飲みたいッテ言うから連れてきたわ……」


「わかってるって! お酒を飲むっていうのは敵を倒すっていう隠語だろ? アタシがキッチリ片を付けてやるから!」


「全然違う……」


「そんな隠語聞いたことないっすよ!」


 女性は切れ長の目と鋭いまなざしが特徴的だ。口元のほくろが妖艶な美しさをより際立たせている。


 金髪を後ろで束ね、ポニーテールのようにしている。セクシーな容姿に反して服装は白いTシャツにグリーンのショートパンツ。身体にフィットしており、モデルのようなメリハリのあるボディがわかる。


 さらに背中には剣、左の太腿には銃がホルスターで備えられており、さながら傭兵のようだ。




「ということは、ここは本当に普通のバーなのか?」


「そうっすよ。やっとわかってもらえたっす」


「ずっと言ってる……」


「みんなが職場でいつもバーの話をしてるから、ずっと隠語を使って殺しの話をしているとばかり思ってた。まさか本当にバーの話とは思わなかった」


「むしろ殺しの話をずっとしていると思ってたことに驚きを隠せないっす。それに職場でバーの話をするのも碌なもんじゃないと思うっす」


「だから……連れてくるのを相談してたの……」


「ようやく昨日エイロさんがわざわざ相談してきた理由がわかったっす」


「とにかく悪かったな。じゃあ改めて自己紹介させてもらう。アタシはパステール、エイロやヤラヌス、ドエミーの同僚で後輩だ。これからはアタシも寄らせてもらうからよろしくな、マスター」


「ええ、『大宝律令701』はお酒も料理もおススメばかりなんで、たくさん来てくれたら嬉しいっす。じゃあパステールさん、早速ですが何を飲みますか?」


「アタシ、あんまりお酒の種類知らないんだよな。普段はビールしか飲まないし。エイロはここで何飲んでんの?」


「私は……ほとんどマスターにお任せ……そうお酒だけでなく私自身もお任せつまりもし脱げと言われ」


「じゃあアタシもお任せで!」


「エイロさんの話をぶった切るのが早いっす。お任せですね、少々お待ちを。そういえばパステールさんはお酒よく飲むんすか?」


「いや、家でビールを飲むくらいだな」


「……こういうところでは……飲まないの?」


「いや、昔はよく誘われて飲んでたんだが、店を壊したり一緒に飲んでいた相手の頭をかち割ったりしていたら、次から呼ばれなくなった」


「ソフトドリンクにした方がいいっすね」


「大丈夫だって! こう見えても毎日ビールを飲んで鍛えてるんだ。今は一日で二十くらいはイケるレベルになったんだからな」


「それは……すごい……」


「だったら十分すね。美味しいカクテル作るんでもう少し待っててください」




「どうして……こうなったの……?」


「俺の店がああああ!」


「あーーーーん? テーブルだけじゃあなく、椅子も邪魔だなあ! オラァ!」


 破壊される椅子。すでに二台あったテーブルは元が何だったのかわからない程粉々になっている。壁にはいくつもの穴が空き、外の空気がダイレクトに店内に流れ込む。カウンター側はエイロが結界魔法を使って守っているのが不幸中の幸いである。


「マスター……もしかして強いお酒を……?」


「そんなことないっすよーー! 俺が作ったのはレッドアイっていうビールをベースにしたそんなに強くないカクテルっすよーー!」


「ごちゃごちゃうるせえなあ! アタシは毎日二十ミリ飲んでんだからよお、こんなんで酔ったりしねえよおオラオラオラァ!」


「に……二十……ミリ……」


「二十ミリって、リットルでもメートルでも微妙過ぎる量っす」


「いいからよお、次はそっちの兄ちゃんの頭、この妖刀右手でパッカーーンって割らせてくれよ、スイカ割りみてえになああああ!」


「パステール……あの子、出禁……?」


「お酒の提供は今後一切お断りするっす。でもソフトドリンクなら許可するっす! それよりパステールさんを止めてほしいっす!」


「マスターは相変わらず……優しいのね。そういう優しさは私キュンキュン来るわ何て言うのかなこの人になら今夜は抱かれてもいいかなっていうかむしろ」


「いいから止めてくださいっす!」


「……わかったわ……『束縛の光、一筋の縄となりて身体の動きを封じよ』」


「う、なんだこれは! 動けないちくしょおおおおお!」


「助かったっす。エイロさんありがとうございます」


「でも……」


「残念ながら三週間くらい臨時休業っす」


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