第6話 変化

 花屋でいつものように働いていると、国近さんがやってきた。

彼女は鋭い視線を向けたまま、「あの日、晴人と何があったの?晴人の様子がおかしいんだけど。」

「晴人はあなたが、憂さ晴らしに手を出して良い人じゃないのよ。」彼女そう言って去っていった。

私は狐に摘ままれ気分だった。私が伊山君と何かあるわけないのに。

あんな眩しい位の女の子を目の前して、私は深いため息をついた。


 グループ展を20日後に控えたある日、学生時代の友人から沢山のすいかが届いた。差し入れしようと持ってアトリエに向かった。

 伊山君が一人で制作中だった。差し入れを置いて帰ろうとする私に伊山君は、「丁度一休みしよう思っていたところだから、珈琲付き合ってよ。僕のいれる珈琲なかなかの評判だよ。」と笑った。

私は、珈琲を待っている間に作品を見て回った。伊山君の作品の前で足が止まった。

いつもと何か違う、何とも言えない、心がざわざわと波立つような不安を感じた。その時、丁度珈琲を持って彼が戻ってきた。

「あんまり、観ないでよ。ちょっと今スランプ気味で、参ってるとこ。」彼は苦笑いで言った。

 いい薫りの珈琲を飲みながら話す伊山君は、作品から受ける不安さとは違い、いつもの伊山君だった。


「神崎さん、少しプライベートな事聞いて良い?」私が頷くと

「旦那さんの事、何時から気付いてたの?」

私は一瞬戸惑った、でも一度現場も見られているしと思い、

「今年の初め、主人がリビングのテーブルにスマホ置き忘れて。その時に浮気を匂わすメールが来たの。」

「その時どう思った?」

「不思議と怒りは無かったんだよね。ただただ、無性に寂しかったの。何故だろう、自分でも理由がよくわからない。」

「何故旦那さんにその時に問い詰めたり、話し合ったりしなかったの?」

「家族として今のままが良いと思ったから。息子のこと、主人の出世の事、私が自立出来ないこと。全て考えて、このまま気付かないふりが良いと思ったから。ズルいよね、だから被害者ぶれないのよ。」

 伊山君をみると、いつもの穏やかな表情ではなく、怒りとも哀しみとも取れる表情で手元を見つめていた。

彼が「どうして」と言葉を口にしかけた時

 「晴人、誰か居るのか?」里崎君が入ってきた。伊山君は、一瞬でいつもの伊山君に戻った。「ああ、いるよ。神崎さんからすいかの差し入れ。」

「ありがとうございます。美味そうだな、早速頂きます。」

 三人でグループ展について、話しをした。結果、伊山君の変化を見逃してしまった。

 

 暫くアトリエに行かない日が続いた。 

グループ展が2週間後に迫り、作品の確認行った。

アトリエ内の空気は緊張感に包まれていた。

皆、黙々制作していたなか、伊山君の姿だけが見えなかった。

里崎君が厳しい顔で私を見て

「伊山が参ってて、作品が間に合わないかもしれない。」

彼の作品を見ると、いつもの優しい雰囲気ではなく、何か激しく、一言で言うと、憎悪の塊のような、人間の負の部分がぶつけられたような作品だった。

 何かあったのだ!これは今までの彼の作品とは別物だ。この前不安は、この前兆だったのだ。

 私は後ずさった、そこで、国近さんと目があった。彼女の目は悲しさと非難に満ちていた。里崎君は「神崎さん何か心当たりはある?」

「何かって?思い当たることないと思う。」

その時、伊山君が戻ってきた。

「あれ、皆揃ってた。ゴメンゴメン、ちょっと外の空気吸いに行ってた。」

珍しく、伊山君から煙草の匂いがした。

「何この感じ、皆怖いなぁ。どうかしの?」

里崎君が「伊山お前さぁ、何があったの?」

「待てよ、何があったてど言うこと。なんで何かあったって事になってんの?特に何も無いって、昨日もいったよね。」

「お前さぁ、マジで言ってんの?お前の作品見て、何も無いを真に受けるやつなんていない。」

伊山君は、小さく溜め息をつき

「まぁ人間生きてりゃ色々あるさ、でもそれも乗り越えられない山はないさ。」伊山君は疲れた顔で、力無く笑った。

「まだ、晴人の中でなんとかなる状態なんだな。」里崎君が念を押すように言った。

伊山君は頷いた。


 打ち合わせが終わった頃にはすっかり、暗くなっていた。

里崎君が「神崎さん送りますよ。」伊山君が「なんで、お前が?いいよ。俺が送ってくよ。」

「晴人、作品間に合わないぞ、たまにはいいだろ。」

 車中、里崎君が、「神崎さん、すみませんでした。晴人のやつ、この前あなたを送った翌日から様子がおかしくなったとノゾから聞いて、責めるつもりは無かったのですが。

ノゾは神崎さんと晴人に何かあったんじゃないかと疑っています。

でも俺は、晴人は人に執着がないので家族がある神崎さんと何かとは考え難い。

だた、晴人のあの作品が今まで見た事がない。だから絶対無いと言い難く、一体晴人に何があったんだろう。」

「理由は分からないけど、伊山君の状態はとても心配です。このままだと、心身共に持たないと思うの。食事も睡眠もろくにとって無いのか酷くやつれてる。

 私も機会があれば、原因探ってみます。里崎君は伊山君の事もあるけど、ご自身の制作も頑張って下さい。」

二人で今後の伊山君のサポートについて話した。

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