第5話動き出す

 興奮冷めやらぬ気分で、暮れがかった中を家路に急いでいると後ろから、

「神崎さん、送ってくよ。遅くなっちゃったから乗ってよ。コンビニ買い出しもあるからさ。」ワゴン車に乗った伊山君だった。

 「ありがとう、遅いので嬉しい。」私少し緊張しながら車に乗った。

「国近さんパワーアップしてましたね、凄い。伊山君の言った通りだった。」

「8年間の付き合いだからね、彼女の強さには何度となく驚かされているよ。」彼は少し、胸を張って微笑んだ。その顔からは 本当に彼女を大切に想ってる気持ちが伝わった。


 自宅が見えて来たところで、自宅前にタクシーが停まるのが見えた。

私は思わず、「車を停めて!」と言った。

伊山君はハザードランプをつけて車を脇に停車させた。

タクシーから主人が降りてきたと思ったら、女性の手が伸び、彼を引っ張り別れ際のキスをした。

私は一瞬、目を見開いた。そして思わず座席にしゃがみこみ隠れた。

「もしかして、旦那さん?」

私は微かに頷いた。

彼は主人が家に入ったのを確認すると、車を出した。そして黙ったまま車を走らせた、15分ほど走っただろうか車は信号で停まった。

「どうする?珈琲でも飲みに行く?」

「いえ、大丈夫、帰るわ。制作が忙しい時にごめんなさい。」

「神崎さん、もしかして、知ってたの?」

私は軽く頷いた。

「以前から疑ってたの、だから大丈夫。」

「なんで、話し合わないの?」

「もし、話し合って離婚になったら、息子はどうなるの?ちゃんと彼が成人して、自分で生活できるようになるまでは、親の助けが絶対いるの。私の責任です、親としての。」

「なので、平気。こんな事くらい。」少し震える声を押さえて言った。

伊山君は少し悲しそうな瞳で私を見つめた。

そして「もっと自分も大切にして欲しいな。」

そう呟くと、車を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る