第3話新鮮な日々
暫くして私はスケッチを持って、アトリエを訪ねた。
アトリエでは伊山君が一人で制作中だった。「こんにちは、神崎です。下絵をお持ちしました。」
「どうぞ、入って下さい。散らかってて申し訳ない。もうすぐ皆来るから。」
一足先に下絵を見ながら、「神崎さんて、もしかして美術の勉強してた?」
「一応美大は出たんですが、物にはならなくて結婚後は全く鉛筆持ってませんよ。よく気付きましたね。」苦笑いして 私は言った。
「勿体ないなぁ、素敵な感性持ってるのに。あっでも、結局フラワーデザインで生かせているから、アリだね。」笑みを浮かべて言った。
「ところで、神崎さんて普段の移動手段っ?」
「私ですか?近所は自転車移動が多いですけど、なぜそんな質問を?」
イタズラな笑顔を浮かべた。その時、国近さんが走ってやって来た。
「晴人、待っててって言ったじゃん。」と言った後、彼女の鋭い視線がこちらに向いた。
「ノゾ、お客さんをお待たせするわけには、いけないでしょ。」
彼女の瞳からは警戒心が伺えた。一回り近くも年の違うおばちゃんにと、微笑ましく感じた。
皆が揃ったところで、私の下絵を元に実際に使用する花や植物、石等の自然物などの案や配置などを相談した。
彼らと意見を交えることは、私をワクワクさせた、まるで、学生時代に戻ったかのような高揚感を覚えた。楽しい時間はあっという間だった。
息子が帰って来る前に夕飯の支度をしなければ、私は慌て帰った。
慌てて帰った私は夕飯の支度を終わらせて、息子の帰りを待った。主人からのメール「夕飯はいらない。」
この人何処に居るのだろうか?誰と食事をし、誰とお酒を楽しんでいるんだろう?いくつもの疑問が私を襲う。今年の初め頃、主人は携帯をリビングに置き忘れ、シャワーを浴びに行った。その時LINEの着信音、見てはいけないと思いつつも初めて見てしまった。「今日は楽しかったよ、明日はうちでゆっくりしようね」
あー、やっぱり、そうだったんだ、予感は現実の物となった。不思議とショックは小さかった。きっと、前から終わってたんだ、夫婦として。その時に気付いた。妻に興味を失った夫、子供に意識が行って夫を忘れた妻。どっちの責任でもない、ただただ寂しさが心を覆った。
ある日の仕事帰り、息子が部活で遅くなると言っていたので、公園で夕涼みがてら、ベンチに腰掛け麦酒片手に蝉の鳴き声を聞いていた。暮れ始めた空を見ながら、蝉の鳴き声を聞くと少し切ない気持ちになる。まるで、子供時代の日曜の夜のような、夏休みの夕方のような気持ち。
ふと、人の気配を感じ後ろのベンチに目をやると、カップルがいた。いいなぁ公園デートかぁ微笑ましく見ていると、仲良さそうな笑い声が聞こえた。一瞬キスをしていた様に見えた。慌て目を逸らそうとしたら、悲しそうな男性の声が聞こえてきた。「ちょっと待って。」「なんで、今誰とも付き合ってないなら、いいじゃない私と付き合って。もう前から気付いていたでしょ、私の気持ち」「無理だよ、そんないい加減な気持ちで付き合うことはできない。しかも、以前から言ってる、仲間内では付き合わない。僕は今のバランスをとて気に入ってる。ノゾのことも仲間としては、とても大事に想ってるんだ。」「なんで!そんな理由では私は引けない。じゃあ私がグループから抜ければ、対象になるの?」
「抜けても対象にはならない。ノゾのことは友人としてはとても大切だ。しかし、そこに恋愛感情はない。」
私は気付いた。言い争っていたのは、伊山君と国近さんだ!静かにその場を去ろうとしたのに、動揺した私は自転車とぶつかりそうになり、辺に自転車のブレーキ音が鳴り響いた。二人が同時にこちらを見た。
国近さんが私を睨んで走り去った。そりゃそうだ誰が見ても間が悪いのは私だ。伊山君は、いつも変わらない感じです「こんばんは 。散歩?」
彼の優しさだと分かっていても「こんばんは。国近さん放っておくの?」責めるような言い方をした。
「僕が追いかける事でノゾは期待するんじゃないかな。僕は彼女に曖昧な態度は取りたくない。」伊山君が言うことは最もなことだった。
「ちょっと、待ってて」
しばらくすると、コンビニの袋を持った彼が戻ってきた。「一緒に飲もうよ。」
彼が買ってきた、つまみと麦酒を飲みながら「分かっているけど。だけど、きっと彼女は精一杯の勇気で気持ちを伝えたはずです。彼女の気持ちを考えると、もっと動揺して欲しいと思ってしまう。上手く言えないけど。」
「平常心って訳では無いよ。ただ感情に任せの中途半端な優しさは事態を悪化させる。僕はいい加減な気持ちで付き合いたくない。特に仲間として大事に思ってるノゾだからこそ。それに僕は今誰かと付き合うより、そのエネルギーを制作に向けたいんだ。」
「まぁ見てよ、ノゾは大丈夫!こんな事ぐらいでダメにならない。学生時代から知っているけど、どんな事もそれをバネに飛躍出来るヤツさ。彼女の凄いところは作品にブレがない強さだ。どんな状態にあってもその時のベストを尽くして作品を描く。」伊山君は自信を持って言った。
「信じているんですね。」
「仲間だからね。」誇らしげに伊山君は言った。
その後お互いの趣味や好きな、映画に作家、色々な他愛のない会話をつまみに楽しい一時を過ごした。
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