第12話 新人冒険者、エルフの少女に出会う

 《デラウェア》渓谷の第10階層では、グラン達によるオロチ討伐が完了していた。

 神経毒に侵されながらもオロチの8つ頭を斬り落としたグランだったが、その表情は暗い。

 幻の第11階層から再び10階層へと、グランの垂らしたロープで這い上がったローグも、回収した一部の装備品を見て小さく息を吐く。

 グランは、様々な装備品を手に持って言う。


「カルファ様が来てみないと状況は断定が出来ないが、確かにこれは行方不明になっていた『アーセナル』、『デスペラード』のものだろう」


「グランさん、サルディア皇国ってのは、そんなに人死にが多いものなんですかね?」


「冒険者稼業をやっていれば、少なからず人死には出るさ。だがそれでも半年以内に、2つのパーティーのメンバー全てが行方不明というのは、いささか不可解だ」


 グランの言に、その魔法術師も続く。


「いい例えじゃないが、俺たちがさっき死にかけた時も回復術師ヒーラーだけは逃がそうとしてたからな。パーティーメンバー全滅を避けるってのと、近くのパーティーに応援を求めるって意味でもね。だから、パーティー崩壊を喫しても1人か2人かは、ギルドに戻って報告することがほとんどだ」


 2人の話を聞いて、ローグも「なるほど」と納得する。


「少し前までは、ゴブリンが現れるとしても局地的に5、6体を一つの纏まりとしたものばかりだったのだがな。最近は、森の中をゴブリンの一群れが自由に歩いている姿を見ることもなかったし――」


 グランは訝しむように首を傾げる。

 すると、慌てた様子で駆け下りてくる女性が一人。


「ぐ、グランさん! ご無事ですか!?」


 その女性――カルファ・シュネーヴルは金色のロングストレートを左右に振りながら、階層階段を降りてくる。

 はたはたと漆黒の翼をはためかせながら、ローグの肩という定位置に降り立ったニーズヘッグに、「ローグ様ぁぁぁぁぁ!!」とカルファよりも先に10階層に降りてローグの腕に擦り寄るイネス。


 ――と、もう一組。


「あぁぁぁぁ……ダメだった……最後の最後で……」

 

「仕方ないよ、ラグルド。ポーション不足はどうやったって抗えないんだからさ。それに、最近ポーション自体も大幅に値上がりしたじゃん?」


「あんなにポーション準備して、任務失敗して……カルファ様に最後は助けてもらって……リーダー失格だ……。回復術師を雇う金もないしなぁ」


「回復術師なんて、滅多なことじゃ雇えないってば。私たちにそんなお金はないよ」


 心底落胆するラグルドを慰めるのは『ドレッド・ファイア』のメンバーだった。

 イネスが、周りに配慮してぼそりとローグに耳打ちをする。


「彼らは、ポーション切れを起こして任務をリタイアしたのです。リタイア後の処置としては、残った筋肉狼マッスルウルフを直接カルファ・シュネーヴルが倒したくらいですが」


「なかなかに原始的な審査方法なんだな。ラグルドの落ち込みようも理解出来たよ」


 グランのもとに辿り着いたカルファは、付近に置かれている装備品と、階下に積み上げられたゴブリンの死体を見て、ごくりと喉を鳴らした。


「これは――」


「サルディア皇国の紋章入り銀鎧は、あんた達皇国兵のものだろう。あくまで俺たち冒険者と皇国兵士の間にゃ大きな関わりを持つべがらずの精神は守られてはいるが、それも今回のような件が続けば、いつまでもつだろうな」


 カルファは、遺品と思われるものを一つ一つとチェックした後に、全体を見渡して言う。


「調査するしかありません。11階層の先に道があるというのなら、確かめざるを得ないでしょう。現時点で《デラウェア》渓谷の最深10階層はAランクの実力があれば踏破出来るとされています――が、この先は未知数です」


 カルファは続ける。


「この先は後日、改めて調査致します。そろそろ日も落ちてきますし、これ以上は危険です。そして……同時にこのことについての口外は調査が終わるまでは強く禁止させてください。この度は、私たち試験官の監督不行き届です。『獅子の心臓レグルス・ハーツ』の皆さん、そしてローグさん。本当に、申し訳ありませんでした」


 カルファは、腰を直角に折ってローグたちに謝った。

 ローグは、ちらりと確かめるようにグランを見る。


「正直、今この国に何が起こっているのか、俺たち末端には何も話されていないのが現状だ」


 グランは、冷静に言う。

 「え、むしろこの国で何が起こってるの? え?」と、不思議そうに空気を読まないラグルドが隣の強気な盾士に頭を叩かれるなかで、グランは続ける。


「短期間にパーティー2つが壊滅、そしてゴブリンをはじめとする亜人族討伐依頼数の減少。にも関わらず局所的に大量発生している。それを追うかのようなポーションのような回復支援薬の急速な値上がり。どれもこれも自然に起こりうることではなかろう。このままでは、冒険者達の生活に重大な支障が出続けるだろう。これ以上危害が加わるとなると、冒険者連合とて黙って見過ごすことは出来ないが……よろしいでしょうな、カルファ・シュネーヴル様」


 凍てつくようなグランの瞳に、カルファは「はい……」と力なく答えた。


「サルディア皇国の皇王の名にかけて、全容解明に尽力致します」


 そう言ってしばらく、冒険者パーティー『ドレッド・ファイア』と『獅子の心臓レグルス・ハーツ』は地上へと帰投した。


「ローグさんは、彼らと一緒に帰投しないんですか?」


「このままだと、鑑定士さんが一人で突っ込んでいきそうでね。危なっかしくて離れるわけにもいかないだろう?」


 ローグは言うと、カルファは自嘲気味に笑う。


「えぇ……そのつもりですよ。サルディア皇国の皇王の名にかけてとは言いましたが、我先にと民を見捨てて逃亡し、亜人族に殺されてしまうような愚王の名には、何の価値もありませんがね」


 第11階層に降りたローグ達一行とカルファ。

 カルファは、ゴブリン達の死体が握っている皇国兵士のものと思われる銀鎧を一つ一つ回収していた、その瞬間だった。


「こ、皇王様の使いの方でしょうか……! はぁっ、はぁ……っ!!」


 11階層の暗い道を、ふらふらと走りながらやってくる一人の少女がいた。

 カルファは、疲れた目でふとその少女を見つめる。


 土と埃で汚れきった一枚の布地。

 ボロボロながらも、華奢で美しさが垣間見える手足。だが、その少女は裸足で走ってきた後には紅い血の跡が見える。

 肩まで伸びた翡翠の髪に、最も特徴的なのは尖った両耳だ。


「……エルフか?」


 ローグが不思議そうに呟く。


 少女は、涙ながらに走ってきて、見るや否や倒れ込むようにカルファの腕の中に身体を委ねた。


「皇国の方に、やっと声が届いたんですね……。良かった、本当に、良かった――」


 その瞳からは、幾粒もの涙がこぼれ出ている。


「本当にどうなってるんだ、この国は」


 苦笑い気味に言うローグに、ついにはカルファまでもが弱音を口にした。


「私にも、分かりません……」

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