第13話 新人冒険者、同情する

 エルフ族の少女が、カルファの胸の中に倒れ込む。

 翡翠色の髪の毛すらも、ろくに手入れがされていない――いや、出来ていないようだった。

 そんな少女を見ながら、イネスは呟く。


「エルフ族……ですか。主に回復魔術に長けた種族ですね。遥か昔には、その可憐さで慰み者に、そして回復魔術の技術に目をつけられ奴隷として売買され続け、絶滅寸前に追いやられたと聞いていましたが」


 イネスの言葉に、むっとした様子でカルファが反論する。


「前時代の、非人道的な話を持ち込まないで下さい。サルディア皇国は、村を一つの単位としてエルフ族と契約を交わしています。もともと放浪の民だったエルフ族の一部にもきちんと皇国民としての市民権、土地、主食の種を与えるなど、衣住食は保障済みです」


 エルフ族は、もともとは放浪の民として知られている。

 定住はせず、彼らにとっての森の神・・・、精霊と言われる類いの言葉に従って各地を転々としながら暮らす種族である。

 そんなエルフ族のなかでも定住を望む者が現れ始めたことから、サルディア皇国はエルフ族に村を一つの纏まりとして定住権や土地を与えているのだった。

 そのことを聞いたローグは、納得したように頷いた。

 カルファは、ぶつぶつと必死に頭を巡らせている。


「回復魔術の技術を借りるべく、エルフ族には皇国のポーション作製のおおよそ6.5割を担ってもらっている状態ではありますし、ここ最近、皇国全体でのポーション不足の件は知っていましたが、まさか冒険者の消費が急増しているのでなく、生産ラインから支障が生じていたとでも……? それならば、私が今まで知らなかったというのも有り得ない……」


 カルファはぶつぶつと呟き終えた後、少女の走ってきた奥の道に目を馳せる。


「ローグさん、今は引き返しましょう。翌朝早朝すぐに、カイムら皇国兵士団を集めて《デラウェア》渓谷第11階層の調査に乗り出します。エルフ族の少女は大聖堂にて保護します。事情もそこで聞くほかないでしょうし、夜になればなるほど、魔物の活動も激しくなります」


 カルファの言葉を受け、エルフ族の少女は、息も絶え絶えにローグの服をぎゅっと握る。


「皇王様の使いの方じゃ、ないんですか……?」


 ローグは、その少女の縋るような瞳に首を振るしかなかった。


「悪いな、皇国兵士さんじゃなくて、新人冒険者でしかないんだ」


 カタカタと唇を震わせ、今にも泣きそうになりながらも、少女は我慢していた。


「村を助けて……! 皇王様の使いの方だと思って、頑張って逃げてきたのに……!」


 エルフ族の少女は、第11階層に降り立ったローグ達を、皇国兵士だと思っていたらしかった。

 必死に助けを乞うていたのが、ようやく届いたのだと、確信していた。

 気力が尽きかけた少女は、それでも自分の役目を果たすかのようにしっかりと告げる。

 カルファは、哀れみの表情を浮かべてそれに答えようとする。


「ええ、もちろんです。必ず助けます。ですから、あなたが今最も必要なことは休むこと――」


「あぁ、もちろんだ。だから、君の村・・・の場所・・・に案内・・・してくれ・・・・


 ――そんなカルファの言葉を遮るように、ローグは少女を背負った。


 ニーズヘッグが、ぱたぱたとローグの肩を離れ、宙に浮いて首をまわす。

 イネスの右目に紅が迸り、一対の白い角が姿を現す。

 その様子を見たカルファは驚いた様子で3人の前に立ちはだかる。


「む、無茶なこと言わないでください! この先には何がいるのか分からないんですよ!? いくらSSSランクの実力があると言ったって、無謀すぎます! 夜になれば、魔物の数も格段に増えますし……彼女を背負ったまま闘うのは、負担だって!」


「冒険者は、民の依頼に応えるためにいるんだってよ。俺も、ここに来て初めて知ったんだけどな。それに――」


 ローグは、指をパチンと鳴らす。

 瞬間、カルファの持っていた蝋燭灯ろうそくとうの光が掻き消える。

 と同時に、暗闇からカチャカチャと、金属が擦れる音と独特の臭いが場に広がっていく。


「す、スケルトンに、ゾンビの大群……!」


「夜なら、それこそ俺の土俵だ」


 ローグの周りに再び集結した不死の軍勢。

 冒険者として身分を偽ったとて、今でも死霊術師ネクロマンサーであることに変わりはない。

 エルフ族の少女に見えないように、局所的にだけ発生させた不死の軍勢を見て、カルファはぐっと生唾を飲み込んだ。


「い、いいんですか、ローグさん。もしも、このことがバレたら、それこそ隠蔽・・の意味がなくなってしまいます」


「俺は、冒険者・・・としての本分を果たすだけだよ」


 ローグが淡泊に答える。


『主よ。前方よりいくつか亜人族がこちらに向かっているようだ』


「ローグ様。何なりとご命令を」


 エルフ族の少女を背に負ったローグは、ポンポンと頭を叩く。


「君、名前は?」

 

「ミカエラ・シークレット……」


「ミカエラか。よし、分かった。ミカエラ、君の村はどこにある?」


 すると、エルフ族の少女――ミカエラは、第11階層の奥まで続く道を指さした。


「……っ! 私とて、サルディア皇国の誇りにかけて、無視するわけには行きません……! ローグさん、私も付いて行かせてください!」


「むしろ、鑑定士さんには来てもらわないと困るな」


「ローグ様。前方より先ほどと同数のゴブリンの存在を確認しました」


 イネスとニーズヘッグが臨戦態勢に入る。

 「ひぅ……っ!」と、引きつったように目を瞑るのはミカエラ。


「大丈夫だ、ミカエラはしっかり前だけ見て案内してくれればいい」


 暗い第11階層を駆け抜けながら、ローグは辺りを見回した。

 こちらにやってくるゴブリン達の攻撃を最小の動きで避け、踏み潰して前へと走る。

 後方から追いかけてくるゴブリン達を、地中の闇から出現させた不死の軍勢に対処させる。

 腐臭と剣戟の音をなるべくミカエラに聞かせないようにと、細心の注意を払いながら、少しずつミカエラから情報を聞き取るローグの姿に、唖然とするしかないのがカルファだった。

 ローグの横をただひたすら付いていくだけで精一杯で、時折やってくるゴブリンたちに気付かないところをニーズヘッグやイネスのサポートによって、仕方なく追い払ってもらっている状況だった。


「鑑定士さん、どうやらミカエラの村は随分前から亜人族の占領下に置かれてるらしい。ポーション作製も皇国分への納入が減って、亜人族の方に流れてるみたいだしな」


「……そうですか」


「それから、監視の目を盗んでサルディアの皇王の下に3度使者を派遣したらしいが、一向に返事が来ずに今回の第11階層発見で、その使者だと思ってたってのが大まかな流れみたいだ。何か心当たりはないか?」


 カルファは頭を抱えるようにして、「3度!?」と恨むような目で洞窟の天井を見つめた。


「サルディアの皇王に謁見する度に、側に侍らせていた女性エルフ族が増えていました! その数も、最終的には3人です……ッ! あのエルフ族たちはそういうことだったんですね! 私たちは軍人風情と国政に関わらせなかったくせに、この国はもはや内からボロボロになってたんじゃないですか……!」


 カルファは、もはやどうとでもなれとでも言うように自嘲気味に「ふふふ……ふふふ……」と壊れたように笑い始める。


「……何というか、鑑定士さんも大変だな」


 カルファの心労に、心から同情したローグだった。

 ミカエラに案内されて、彼女の村に辿り着くのはもう少し先のことだったのだが、その間にカルファは廃人のような笑みを浮かべ続けていた――。

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