あの日の続きを何度でも

 ついに訪れた調理実習。どういう裏工作が働いたのかはわからないが、友彦の『粋な計らい』のお陰で、和喜と美加は2人だけの班にさせられていた。他の班員が混ざると、その一人が緩衝材にならざるを得ないからだろう。そのことはもちろんわかっているつもりだが、和喜は友彦を少し恨んだ。

「…………」

 調理はすでに終わりかけているものの、和喜は何も言えなかった。終始無言ながらも分担自体はきちんとできているので、別段不具合や支障があるわけでもない。


 今日作成するのは前回と同じクレープだ。別のものが作りたいといった声も上がっているが、今日の本題はそこではないだろう。まもなく受験を控えている彼らの気分を和らげるために、あえてこのメニューを選び、談笑をして親睦を深めてもらおうという試みなのだろう。


 だが、その気遣いのすべてが和喜には裏目に出て、冷汗がだらだらと止まらない。

 声をかける勇気もなく、ただただ気まずい空気が流れているのみだった。

 救いを求めて辺りを見回すと、友彦がサムズアップしており、もうどこにも引けないと覚悟を決めるしかなかった。本来ならば美加と同じグループになるはずが別れさせられてしまった人たちが、和喜のことを友彦とは違った意味で見つめている。


 心の中で深呼吸を三回ほど済ませてから、和喜は口を開いた。


「高峰さん、この前はごめん」

 許してもらえなかったとしても。


「高峰さんの努力を、積み上げてきたものを分かろうともしなくて、全部才能のおかげだなんて決めつけて」

「…………」


「ほんとはずっと見てたのに、理解してたのに、それでも認めようとしなくて、ごめん」

 友彦のお陰で気付かされて。


「高峰さんのその姿は、僕にとって重荷なんかじゃないって、やっと気付いた。

 重荷だって勝手に思い込んで、責任から、自分自身から逃げてた」

 美加を傷つけて、悩んで。


「まっすぐに高峰さんのことを見ていたら、みんなを巻き込んで、より強くしていく存在なんだって、思えた」

 恥ずかしいことなんて一つもない。


「遠くから見てたら、悪い考えに圧し潰されそうだから。

 ずっと、君の隣にいたいんだ。追いつくとか、そういうのじゃなくて」

 だから、勇気を胸に。


「君の苦しそうに努力してる姿も、報われたときに輝くその笑顔も、全部好きだ」

 思いを込めて。


 和喜はやっとフライパンから目をそらし、美加をまっすぐ見つめた。


「やっとだね、瀬戸君」

 美加は笑っていた。


「うん、全然気にしてないよ。だって、瀬戸君、いつもそうなんだもん。そんなこともわかってないあたしじゃないから」

 美加はホイップクリームをかき交ぜる手を止めて言った。


「あたしも、瀬戸君のことが好きだよ。

 困ったときに助けてくれることとか、そうやってあたしのために悩んでくれてるところとか、他にも一杯。もちろん嫌いなところだってあるよ、なかなか考えを変えようとしないところとか。でも、そういう事じゃないと思うな」


 ボウルを置いてさらに呟く。


「今回のことみたいに、また同じことをして、知らない人に迷惑をかけられても困るしね。ならいっそ、ずっと隣にいてよ。中学校を卒業しても、高校に入っても、大学でも、そのずっと先も。どんなことでも受け止めるよ。あたしなら、なんだってできるから。

 その代わりに、一生離さないからね? 覚悟しときなさいよ」


 美加がそのセリフをいった瞬間、教室は大きく3つの反応に別れた。


 一つは、純粋に仲直りしたことを喜ぶ者。

 友彦や美加の友人らは、満足したような表情で2人を見つめている。


 もう一つはというと……教室は泣き声に似た叫び声で満たされていた。

 それらの声の主は……美加に恋をして、そして振られた者たちや、そもそも思いをつたえてすらない者たちだ。彼らは怨嗟見満ちた表情で和喜を呪い殺さんとばかりの眼差しを向けている。


 さらにもう一つは、いまいちこの状況を吞み込みきれていないグループだ。

 和喜はどうしてこんなに騒がれるのか理解ができなかった。美加も特に何も言わないため、ただただ啞然として立ち尽くすことしかできないでいる。


 和喜は出来上がったクレープの味をこの空間で楽しみつくすことはできなかったが、給食が手につかなかったことだけは覚えている。


 あれから時は流れ、約七年後。美加は、コーヒーの香りで目を覚ました。

 外は早朝と、肌寒さが一層強くなった季節の影響で仄暗い。

 美加は自室のドアを開け、階段を下る。そこには、かつての幼馴染、今の夫がキッチンで朝食を作っていた。美加はうっすらと笑みを浮かべ、これからの一日が幸せであることを理解した。


「おはよう、かずくん」

「おはよ、みーちゃん」


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ロング・フォーチュン 青木一人 @Aoki-Kazuhito

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