くだらない二元論

 その日の一時間目の授業は体育だった。今日の単元はバスケットボール。流水のごとき美加のプレーに皆が注目し、男子のコートは試合を中断して試合を眺めていた。


「なあ、友彦」

 今行われていることを引き起こした人物のことが誰よりも嫌な和喜は、友彦に話しかけることにした。

「ん? どうした?」

 友彦は何でもない様子で答える。


「普通の人が完璧超人に追いつくには、どうすればいいのかな、って。

 僕、そいつのそういうところが嫌いで、でもそこが好きなんだ」

 友彦はやっと腹を割った和喜に関心しながら、思いをはせた。


「うーん、そうだな……。オレにも似たような悩みがあってさ。妹がそういう感じなんだ。いっつも比べられてさ。『お兄ちゃんなのに』『妹よりすごくないね』って。

 でも、オレはそういうの、あんま気にしないようにしてるぜ」

「えっ……なんでだよ。嫌いになる、だろ」


 驚いた様子の和喜を、どこ吹く風といった調子で友彦は笑い飛ばす。

「ならねぇよ。だってオレは、ずっと妹のことを見てるからな。

 途中で何もかも諦めたオレとは違って、アイツはちゃんと努力してんだ、って。

 何度も泣きながら挑戦していったその先のご褒美を、『才能』だなんて一括りにして思考停止するのは、アイツに申し訳ない。

 お前だって、大嫌いで大好きなソイツのそんなとこ、一杯見てきてるんじゃないか? 目をそらしてるだけで。

 それをちゃんと見てれば、嫌いになること自体が烏滸がましいっつーか、認めてあげなきゃって思うようになるぜ。

 追いつくとかそうじゃなくって、地続きの今を生きてるんだって。だから、お前がそれを上回るほど努力し続ければ、いつかは追いついて、隣でまた笑えてるさ」


「……そっか、ありがと」


 和喜はこれまでの人生の中で、美加の人間らしいところを探してみた。すると、自然にいくつか思い当たってくる。


 朝「おはよう」と声をかける前は、誰よりも早く登校して勉強していること。そして夜は、ずっと部屋の電気がついていること。

 弁当を忘れたとき、慌てて和喜を頼ってきたこと。

 他にも、校内陸上大会の前の日には、夜遅くまでランニングをしていたこと。

 次々と、堰を切ったように思い出が溢れてくる。


「なんだ……あった、あったんじゃねぇか……みーちゃんの、いろんなところ」

「そうだろ?」


 友彦は和喜の『みーちゃん』には気にも留めずに、笑いをこらえている。

「口に出てたけどよ、お前、興味ないって言ったくせして、一番気にしてんじゃん」

「……べ、別にちげーし」

「ハイハイそーですね、ってか、今更取り繕ってももう遅いからな?

 オレがクラスのみんなに頼んで、わざとみんなの登校時間、遅くしてやったんだから」

「なっ……噓だろ」

 和喜は頬を真っ赤に染めて抵抗するそぶりをするも、すぐに正気に戻った。


「僕、謝りたい。何とかしてくれないか、友彦」


「了解。じゃあ、今日の3,4校時間目の調理実習な。メンバーはいじっておいてやる」


「ありがと」


 試合終了のブザーが鳴る。和喜たちは、次の試合のためにコートに駆け出した。

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