第56話 似ている(改稿版)




「もっ、申し訳ありませんでした……!私、殿下にとんでもない失礼をっ」


二人きりになった執務室のバルコニーで、エルティーナがカイルに深々と頭をさげている。


「いや、——」

「本当にごめんなさいっ……」

「もう顔を上げてください、何も気にしてませんから」


本当に……?


と、カイルを見上げるエルティーナの青い瞳は素直に澄んでいて、目の前の男への媚びやへつらいの影は微塵も見当たらない。


「良かった……。粗相をすればどんな目に遭わされるかわからないって、聞いていたものですから……って、あっ!?」


慌てて両手で口元を押さえる。

言葉を誤った、ウッカリ気を抜いて、余計な事を言ってしまったという焦りと戸惑い。とてもわかり易く慌てる王女の表情に、カイルの頬が緩む。


「わたしを畏れていると、隠しても顔に書いてありますよ」

「えっ……」


両手で押さえたその頬が赤くなっている。


——似ている。

カイルの胸に、一抹の思いが湧き上がる。


「殿下に……正直に申し上げます。私、あなたの事をだと思い、宮廷ここに来ました」


「恐怖の権化ごんげ?!」


(何だそれは……)


「す、すみませんっ。でも、全然違っていました。本当に怖いのは人の噂だと……殿下にお会いして、よくわかりました」


(この一瞬で、俺の何がわかったと言うのだ……)


エルティーナはさっきまでの陰鬱な顔が嘘のように、キラキラ輝く笑顔を見せている。

皇太子の印象が思い描いていた恐ろしいものと違っていた事に、心からの安堵を示しているのだ。


「ここに来る前に、支度のお世話をしてくださった人に言われたんです。カイル殿下はとても素敵な方だから、何も心配しなくていい……少しお話をすればわかるって。あの侍女さんの言葉は、本当でした」


(誰だ、余計な事を言ったのは……)


「ああ……まぁ、宮廷に慣れるまでは何かと不安でしょうから。いつでも訪ねて下さい。朝晩は大概、執務室ここに居ますから」


心では否定していても、屈託のない笑顔で見上げてくるエルティーナに、出会って間もないとは思えぬ親しみを感じてしまうのは何故だろう——?


「あの……殿下のお部屋、『獅子の間』って。私のお部屋のお隣、ですよ、ね……?」


居室を隣接させる事も——…

カイルは全力で拒否したのだが、アドルフが無理からにセッティングしたのだ。


「それが何か?」

「殿下が近くに居てくださるの、心強いです」


この流れのまま婚約してしまったら、結婚はもう逃れられなくなってしまう。抗うための打開策を探し求めている間に、事態は前へ前へと進むばかりだ。


「私、一度お部屋に戻って着替えて来ますね。今日は殿下と、晩餐をご一緒すると聞いているので……」

「えッ、——?」


王女と晩餐だなんて誰が決めたのだ。

共に食事など許した覚えはない、ただでさえこの状況は息苦しいのに。


(さしずめこれも、アドルフの差しがねだろう……!)


では後ほどっ。

振り返り駆け出そうとしたエルティーナだが、ドレスの裾に足を取られて——……


 きゃっ!!! 


「——ッ」


咄嗟に彼女を抱き止める、いつもに、そうしているように。


「私ったら……!申し訳、ありません……」


ひどく困惑してカイルを見上げるエルティーナと目が合えば、抱えられた腕からサッと身を引く。


「し、失礼いたしますっっ」


慌てた様子でくるりと踵を返し、ドレスを引きずりながら走り去る彼女の顔は、真っ赤に火照っていた。



「…………」


そそくさと執務室を出ようとするエルティーナの後ろ姿を、カイルはじっと見つめてしまう。


(———やはり似ている)


彼女の仕草や醸し出すその雰囲気が、とても良く似ている。

屈託無くよく笑い、よく転ぶ———カイルの大切な人に。


(エルティーナに妙な親しみが湧くのはそのためか……)


もしもそうだとしても。

アドルフの思惑に易々と嵌るほど、この気持ちは簡単じゃない。



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