第43話 どうかその日が来るまで……

 

トン、トン———


もう夜中だと言うのに、ノックの音が部屋に響いた。


ガチャリ、と静かに扉が開かれる。

部屋の中の様子を伺うようにそっと入って来た者は……。


「アリシアっ!!」

「セリーナ、起きていたの?」


思わず駆け寄り、首根っこに勢いよく抱き付いた。


「アリシア……っ」


何故だろう、彼女の顔を見た途端、涙がとめどなく溢れ出して——。


「セリーナ?!どうしたの?!」


うっ、—— 堰を切ったように溢れ出す涙は嗚咽に変わり、しばらくの間止まる事は無かった。









第44話 どうかその日が来るまで……





「予定よりも少し早いのですけど、あなたに早く会いたくて!急いで戻って来ちゃいました」


耳に宝石があしらわれた繊細なイヤリングが揺れている。

長い栗色の髪は綺麗に巻かれ、頭にゆるく結えられて——いつにも増して大人びて見え、艶っぽい。

実家に帰っていたアリシアは一段と垢抜けて見える。


「私ったら、ごめんなさい……突然泣き出したりして」


まだ赤い目を氷で冷やしながら、セリーナはベッドルームで荷解きをするアリシアの隣に腰を掛けた。


「泣くほど喜んでくれるなんて!嬉しかったですよ?」


冗談めかして言う彼女の笑顔に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「涙の理由……無理をして話さなくてもいいですから。でも私がいない間に、皇宮は幾つか変化があったみたいですね?」


そうなの!公爵様の態度が気持ちが悪いし、それに——。


「カイル殿下のデルフィナ様が、皇宮入りされるのですって……」


「あ……それは、私も聞き及びました。私たち白の侍女の立場も変わってしまいますが、こればかりは仕方がない事ですものね。それで、デルフィナ様はいつ来られるの?」


「そこまでの事は……侍従長様も仰らなくて」


うつむくセリーナを見て、アリシアが寂しげに微笑む。


「セリーナ、辛いわね」

「えっ……」


「あなたの殿下への気持ちに、私が気付かなかったとでも?」


「———!!」


「あなたののこと、私なりに調べてみましたの。碧目種族ろくもくしゅぞくの宿命の事も……」


「アリシア、私っ。隠していたわけではないのだけど……何となく、打ち明けるタイミングを逃してしまって」


何度も話そうとした。

けれどアリシアの、皇太子への気持ちを知っていたから——自分もそうなってしまったとは、打ち明けにくかったのだ。



「ふふっ、セリーナ……私も打ち明けるわね。私、婚約しましたの」

「ええっ——?!」


彼女の休暇の理由は、婚約の為だったのだ。

これを見て!と、嬉々として右手の薬指にはめられた指輪を見せる。


—— ダイヤが一列に施されたその指輪は、彼女の細い指にすんなりとおさまり、指先が動くたびにキラキラと美しい輝きを放った。


「綺麗………とても素敵……!」


その指輪を、さも愛おしげに眺めるアリシアの姿を見て、



(望まない政略結婚じゃなくて、幸せな婚約なのですね……。良かった!)



セリーナがアリシアを抱きしめる。いつもアリシアにそうしてもらっているように。


「おめでとうございます……本当に。あなたが嬉しいと、私も嬉しい!必ず、幸せになってくださいね……」


少し驚いた様子のアリシアも、セリーナを抱きしめて——…


「ありがとう……。私、幸せになるわね」



 がばっ。


突然、身体を離される。


「だからセリーナ、私に遠慮は要らないの。あなたも幸せになる権利を必ず持っているはずだから。こればかりはもう、どうなるかわかりませんけど……せめてデルフィナ様が来られるまで、あなたを全力で応援します!」


「応、援……?でも、殿下は私の事なんて……」


「名前を聞かれたのでしょう?!優しい言葉をかけてくださるのでしょう?!そんな事は、他の侍女では考えられないことですよっ!」


「そう、なのですか……?」


「セリーナは無自覚でしょうけれど、殿下は少なくとも他の侍女とあなたの扱いを、はっきりと分けてらっしゃいます。あなたを大切にされているんです」



『お前のこと、戯れなどではないから。他の侍女なら、キスをしたり突然抱いたり、そんなふざけたマネごとはしない』


———でも、たかが一人の侍女の私を相手に?



「もしも……仮に、そうだったとしても。私に殿下を想う権利など、無いですから……」


「運命のお相手なのでしょう?!結果如何を気にする前に、最後まであがいてみませんか!!」



——最後、まで。


せめて、デルフィナ様が来られるまで……。

今度はアリシアがセリーナをギュッと抱きしめる。


「せめてあと少しの間だけでも——幸せで、いて?」


 ぐすん。


涙がまた溢れてくる。目を冷やしているが、それはもう無意味だ。


「ありがとうアリシア……大好き」



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