第32話 衝動(カイル視点)




今夜、彼女は——…

セリーナは、『来る』だろうか。


もうほとんど衝動的に——…

「待ってる」だなんて、言ってしまった。


おまけに「業務外で」などと!

皇太子にそんな事を言われて彼女が困る事くらい、わかっていた筈なのに。


(感情的になるのは、俺の悪い癖だ……)


回廊でのことも——…

いきなりをされたら、誰だって驚くだろう。


彼女を、また怖がらせてしまっただろうか?


アドルフが言うように、これが特別な感情なのだとしたら……

セリーナを「好き」なのだとしたら。


俺は彼女に……人生で初めて好きに人に、何が出来る?


何を与えてやれるだろうか——?


これまでのように乱暴な言葉を吐いたり、冷たい視線をぶつけたり……

もっともそれは意識的にそうしていた訳ではなくて、普通にしていても俺の目は表情が無く冷たいと言われるのだが——。


どちらにせよ、彼女に対して優しさと配慮に欠けていた。


白い侍女たちに義務的であっても快楽を与えることこそが、自分に課せられた責務だと思っていた。

それがみさおを投げ出してまでやって来る女性たちに対して、自分が尽くせる礼儀だとも思っていた。

そして、その意固地な想いはセリーナにも……。


それは全く以って傲慢な思考だ。わかってはいたが、そもそもあの業務自体が、俺にとっては何の生産性もなく無意味だ。


その無意味で馬鹿げた因襲を傘に着て、傲慢な俺はこれまで女性たちに……純粋で穢れを知らなかった彼女に対しても、まるでたわむれのように身体に触れ、叫ばせるほどに怖がらせた——おかげで何度も突き飛ばされたけれども!


「はぁ———」


額に手を当て目を閉じて、カイルは深くため息をつく。

これからはもう二度とあんな触れ方はしない——いや、きっと出来ないだろう。


 彼女の事を、大切に、とても大事に……する事ができたら、

 彼女が俺を見る目も、少しは変わるだろうか——?


 いや、だけどそれ以前に、


——彼女は俺のことを、どう思っているのだろう?



サワサワとそよぐ風に、中庭に植えられた幾本もの木々が揺れ、振り落とされた葉が塵のように舞う。

このテラスにもそれが届き、突然強く吹いた風に髪を掻き立てられ、カイルは思わず目を伏せた。


テーブルの上に一枚の葉が舞い落ちる。


「——ちょっと失礼しますっ!」


どさっ!!!

あきらかに重量のある本が三冊、視界の中に飛び込んできた。


サラリ、と白金色の長い髪が風に靡く。見上げると、目の前にセリーナが立っている。


「……………!」

「では、これで。失礼いたしましたっ!!!」


威勢の良い声色と緊張感あふれる手足の動きは、まるで軍隊。


「待て……!」


そそくさと背中を向けて立ち去ろうとするのを、後ろから抱き止める。

驚いて身体をこわばらせているのが、彼女を包み込む両腕を通して伝わってくる——を、抑えきれなかった、どうしても。


「皇太子、様……っ?」


(突然すまない……ほんとうに……。でも)



———お前は俺の事、どう思ってる?



(彼女はきっと今も、滅茶苦茶に困っているだろう!)


カイルは低い声を絞り出す、セリーナの耳元で。


「もしも俺のこと、キライだったら……今夜無理をして、来なくてもいいから」




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