第31話 逢いたいけれど、逢いたくない

 



昼間の職務にも完全に復帰したセリーナは、数名の侍女たちとともに書庫室にいる。

爵位を持ちながらも皇太子の執務を請け負っている、アドルフ——シャニュイ公爵からの特務だ。


吹き抜けの窓から差し込む心地良い日の光を浴びながら、言いつけのあった書籍を選び取ってゆく。


(私にとってシャニュイ公爵様といえば、宮廷書庫室ですね……)


宮廷に来て初めの頃、他の侍女たちから嫌がらせを受けたところを、助けてもらった事を思い出す。


書庫室の書籍はジャンル別に細かくカテゴリー分けされているので、目的の本を探すのには有難い。

棚の上に並ぶもの一冊一冊を見上げながら、関連するものがないか確かめてゆく。


「あ……」


(あった!)


『帝国財政及び諸税還元に関する要望及びその還元内容についての考察書』


——諸税、還元。


この二つの文言の入った書籍を探して、選びとってゆく。



『還元』、そう言えば。


ふと、カイルが薔薇宮殿でポツリと発した言葉を思い出した。


『それも還元の一つだ』


何か、関係があるのかな……。

その一冊を取り上げ、ページをめくってみる。


両側のページにビッシリと文字が詰まっていて、少し見ただけで内容がわかるようなものではない。


(こいう本を見てると、頭がクラクラしてきます……)



「どうだ、見つかったか?」


頭の上から突然声が降ってきて、セリーナは驚いて顔を上げた。


(公爵様っ)


「あ、はい……まだ確かめていない本がありますが、五冊なら」

「ありがとう、充分だ。階下に皆揃っているぞ。一緒に降りよう」


余計な事に気を取られている間に、集合の時間を忘れてしまっていたようだ。そんな自分が恥ずかしく、慌てて開いていた本を閉じて公爵の後に続く。


最後に見つけた一冊以外は、公爵が持ってくれていた。

無駄な言葉を放たず、とてもスマートな所作。


(公爵様、なのに、傲慢さなど少しもなくて。私たち侍女に対しても、いつもお優しい方です)


シャニュイ公爵様……皇太子の執事を務めていると言うことは、いつも殿下と一緒なのだろうか。

回廊ですれ違うとき、頭を下げているので姿は見えないけれど、殿下と並んで歩いている男性は、このシャニュイ公爵だ。


人を好きになると、何故こんなにも貪欲どんよくになってしまうのだろう。


———逢いたい。


今頃、何してるのかな……とか、ご飯食べてる頃かな、とか。

とにかく皇太子のことがずっと気になって仕方がない。


殿下といつも一緒にいられるなんて、羨ましい。

公爵の背中を見ながら、ふとそんな想いにかられたが、


(私ったら、なんて烏滸おこがましい……



——セリーナのくせに。


村ではよく、そんなふうに言われていた。

皇太子に逢いたいなどと、こんな自分が思うことすらも烏滸がましい!


慌てて階段を降りたので足元が疎かになり、一段、踏み外した。


「あっ」


下を行く公爵に倒れかかってしまう。公爵がそれに気づき、咄嗟にセリーナを抱える。


「おっと、気を付けて」

「申し訳ありませんっっ」


心底申し訳なさそうな声を出し、セリーナが顔を上げる。

傷だらけの手が、アドルフの腕に寄りかかった。


(この子は回廊で見た、殿下が想いを寄せている侍女だ。がっ……)


……傷だらけの手。

まさか、娘——?!


『セリーナ・ダルキアに関して、彼女に一切の問題はありません。今はそれしか、申し上げられません』


侍従長の言葉が頭をかすめた。


(どういうことだ…………?)




体勢を立て直して、階下に降りる。


「セリーナっ、平気?!」


他の侍女達が彼女に駆け寄って取り囲むが、笑顔を見せるその雰囲気はとても明るく、以前のような陰気さは微塵も感じられない。


それどころか、白金色の髪の印象もあるのだろうが、白い素肌がまるで光を纏うように輝いて見え、女性らしい曲線美とすらりと伸びた長い足……。

その美貌は、美しい白の侍女たちの中でも群を抜いている。


青白い顔をして痩せ細っていた彼女が、一体何がどうなって、あんな変貌を遂げるのだろう?!

かなりの疑問が残るが、取り敢えずこの場でとやかく追求している場合ではない。


「……では、これで解散とする。皆、ご苦労だった」







並んで立つ侍女達に背を向け、集まった本を見遣る。


(さて、これをどうするか、だ)


集められたものは二十冊程度。ほとんどは執務室に、残り数冊はテラスに持ち込む予定だった。


(侍従に台車でも持って来させるか……)


アドルフが顎に手を添えて考えていると、背後から声をかけられた。


「シャニュイ公爵様。もし良ければ、私たちが一緒にお運びしましょうか?」


振り返ると、侍女が二人揃って微笑んでいる。

謎の侍女セリーナ・ダルキアと、目鼻立ちがすっとした美貌の侍女だ。


「有難い申し出だが、、これから昼食ではないのか?」

「公爵様のお手伝いは、私たちの仕事です。どちらへお持ちしましょうか」

「皇太子の執務室と、残り数冊は中庭のテラスだが……」


「わっ、私!テラスに、お運びしますっ」


セリーナが勢い良く手をあげる。


「なので執務室には……どうぞ、お二人で……!」

「??」


その妙に切羽詰まった様子に、公爵ともう一人の侍女——アリシアはキョトンとするが、


「セリーナ、一人で平気?」

「平気です!テラスのテーブルの上に、本を置いて来れば良いのですよね?!」


(殿下には、逢いたいですけど……逢いたくない、ので……執務室にはっ)


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