第11話 First Revenge / ド初心者侍女に苦戦する皇太子(⭐︎)



次にセリーナが、皇太子の寝所を訪れた時。


ノックをすると即座に扉が開いて、上半身裸の皇太子がセリーナを見下ろした。

彼の髪色と、鋭い光をたたえた瞳が醸し出す冷たさ、大きな身体の威圧感に恐怖心が湧き、怯んでしまう。


(上から見下ろされると怖さが増しますっ。殿下は随分背が高いのですね……改めて実感しました)


「念のために言っておくが。待ってたんじゃないからな!」 


カイルはグッ、と奥歯を噛みしめる。


(俺は何を不要な発言している、これじゃ待ってましたと自分から言ってるようなものではないか……?)


「……は、い」


待ってたんじゃない。

その言葉を素直に受け入れたセリーナは、屈託のない笑顔でカイルを見上げた。


「とにかく、奥に入って座れ!」


(殿下の裸の背中は……前を歩かれると、目のやり場に困ります……)


「その前に皇太子様、何か上着をお召しになってくださいませんか?心臓に、悪いので……っ」


「は……?」



⭐︎

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初心者じみた侍女の言葉に苛立ちながら、カイルはセリーナをベッド脇のスツールに座らせ、自分も隣のスツールに腰を下ろした。

ここで腹を立てている場合ではない、落ち着いて話をするのだ。


「あのな……お前に聞きたいのだが」

「はいっ、なんなりと」


にこやかに笑顔を見せるセリーナに、カイルは「調子狂うのだが」と項垂うなだれる。


「白の侍女になったからには、わたしはお前を、お前はわたしを悦ばせるというそれぞれの責務があるのはわかっているな?」


「はい!私はいつでも、皇太子様に喜んでいただきたいと、心から思っておりますよ?」


(いやだから、そういう意味ではなくて…….)


この侍女やっぱりド初心者だ、それも鈍感極まりないド初心者!

カイルは今日何度目かの頭を抱えた。


「……じゃあお前はどうすると悦ぶ?」


真顔で囁き腕を伸ばしてセリーナを引き寄せる。

力を入れると折れてしまいそうな身体を、腕の中に抱きとめる。


———ぎゃっ!!


セリーナが変な声をあげてカイルの腕から飛びのき離れた。


「も、申し訳ありませんっ。皇太子様が急に下劣なことをなさったので、つい……」

「げれ、っ……」


——抱きしめるという行為を拒絶されるなんて!想定外だった。


(こんな変な侍女は初めてだ。不意打ちを狙ったが、下劣だと?!)


セリーナが部屋に来てから、短い間に何度も立て直した気力が萎えていく。


「あ、のう……。皇太子様のお言葉の意味が、今、やっとわかりました。こ、……こんなものをお見せして喜んでいただけるかどうか、自信がありませんが……」


ベッドの脇にスッと立ち、セリーナはおもむろに夜着の胸のボタンを外し始めた。



——この侍女の思考、やはり全く理解ができない!



しかし相手が脱ぎ始めたからには、カイルも放っておけない。

気を取り直してセリーナに寄り添い、ボタンを外す彼女の手を手伝うように、自分の指先を重ねた。


そのまま寝床に重なり合う二つの影……しばしの沈黙が、流れた。



ぎゃ————っ!!!



セリーナが跳ね起きる。


「高潔な皇太子様がっ、を触ってはなりません!だめです、おやめくださいっ」



——この段階でも、お前は俺を拒否するのか!?



残されたカイルは感情と身体を持て余し、所在のなさにコトバを失ってしまう。


(この侍女、無理だ……)


額に手をやり、うなだれる。


もはやこの侍女が今どんな顔をしているかなど、見たくもない。

と言うか、見るのが怖くもある。


(俺を揶揄からかっているのか?)


「あぁ……今夜も下がって良い。いや、さっさと下がれ!!」



⭐︎



中庭のテラス席、いつも通りの昼食の風景。

カイルとアドルフの二人に遅れてロイスが加わり、いつもの三人が揃った。


ひとつだけ、いつもと違っているものがある。


「ちょっ、殿下!?その座り方どうしたんですか……しかも顔色、悪っ」

「ロイス、ツッコむな」


アドルフがティーカップのお茶を静かにすする。

カイルが真鍮のチェアーの上に三角座りをし、叱られたあとの子供のように膝を抱えている。


「ちょ……小さい椅子が殿下の長い足、持て余してるじゃないですか」


ロイスに諭されたカイルはおとなしく両足を下ろし、今度は姿勢を正してきちんと座り直す。


「どっちにしても叱られた子供ですね……」


何かありましたか。

今朝、アドルフにも聞かれた質問。カイルは項垂れる。


「なんでもない、ちょっと変わった侍女が居るだけだ」

「その侍女にコテンパンにやられちゃったわけですね?」


「俺はまだ何も言ってない!」


「百戦錬磨の殿下が、珍しい……」

「いや、だから!別にやられたわけじゃない、ちょっと手こずってるだけだ……」


え——っ、二回もダメだったんですか!!


ロイスのその言葉に、カイルはますます項垂れた。


「いい加減にしろ、ロイス。百戦錬磨の殿下だって負ける時もある」

「だから負けてない!!」


あの侍女がどういう意図を以って寝所に来るのか知れない、役職を強制的に解いてやろうかとも思ったのだ。


だがしかし——このままでは、男として負けたことになる。


思えば彼女を相手にしたのはまだ二回だけではないか。

まだまだ、これからだ。

しかも変人の侍女に押されて、いつもの何分の一も手を出せていない。


今度こそは。

そう思えば俄然がぜんやる気がみなぎってくる——。


カイルは含み笑いを始める……

アドルフが呟いた。


「殿下は二度も負けたショックで異界に旅立たれた」

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