第27話 お茶会の子供たち(二)
長椅子でジャックに絵本を読み聞かせていたのは、男女二人の使用人でした。両脇に腰かけて、優しい物腰です。
「大きな絵本だねえ」
小さな膝にはとても乗せ切れない、大判の美しい本には、見たことのない山や森、大きな湖とそこに暮らす動物たちが描かれておりました。
「大きいんですのよ。伯爵のお気に入りのご本ですから」
涼しい声で申すのは、ジャックの右側に掛けて絵本を支えているリリスです。
「お気に入りなのかい。大切に読まなきゃいけないね」
「ジャック様は、まだお小さいのにお心配りが素晴らしい」
感心したのは、左側に掛けて同じく支えているローランです。
三人とも、もう仲が良くよろしいことです。
「失敬だけれど、ローランとリリスは、お顔が似ているんだねえ」
「恐れ入ります。双子の兄妹そろって、古くから伯爵様にお仕えしております」
「とてもありがたくお勤めしております」
「双子なんだ」
ジャックは、素直に驚きます。この二人の、まるでお人形のような綺麗なお顔。優しい声と、佇まい。
不思議なことに、この部屋の中ではどなたもそれに釘付けにはならないのでした。
評判の美男美女に目がない年頃のはずですがエリーもトムも、それぞれのことに夢中です。
先ほどマーガレットと離れるのを嫌がっていたジャックでしたが優しくしてくれる兄さんと姉さんが増えたのがただ嬉しく、幸せそうです。
「おいらにはこの通りの五人姉弟だけれど、二人いれば心強いよね」
「まあ、本当にジャック様はお優しいこと」
「その優しさこそ、人間である甲斐であるというもの」
「ぜひいつまでも、お屋敷にいらっしゃっていただきたいですわ。そうなれば、どんなに素敵でしょう」
いついつまでも。リリスとローランは申すのです。
「あら」
その時。
使用人たちがすっと現れて、窓を閉めはじめました。
「伯爵様がお戻りのようですわ」
子供たちも色刷り雑誌や絵本を置いて、露台から室内に戻り、控えます。
「やあやあ、お待たせしましたね、お砂糖菓子さんたち」
伯爵はお疲れのご様子もなく、ほがらかです。
つづいて、マーガレットも神妙な面もちで奥から出てまいりました。
「いいえ」
子供たちは、そろって申しました。こんな夢のようなひとときは、はじめてでした。
「さて、お伝えしなければなりません」
ジャックが隣にいたエリーの手を握ります。
「先日のパリ万博で、私には新しい友人ができました。東洋の国から、はるばるこちらへ海を越えて旅をしてきた、あなた方くらいのお砂糖菓子さん、曲芸一座の花形です」
東洋の女の子。しかも曲芸の。そんな珍しい人なら、絵入り新聞で見たかもしれない。子供たちはそんなことを考え聞いておりました。
同じ年頃で、海を越える冒険をしてここまで来たという女の子がうらやましい気持ちにもなりましたし、そりゃあ伯爵様がいろいろ珍しい話を聞きたがるだろうという、腑に落ちるところもありました。
「彼女はかわいそうなことに、あの嵐の晩に、一座とはぐれてしまったのです」
「まあ」
こんな話に弱いのがエリーです。知らない土地で、どんなにか心細いでしょう。胸の内でそんなことをつぶやきます。
「そこで、懐かしいマルグリットの腕をお頼みしたいのです」
「えっ」
トムが余計な気を回しました。
「姐さんの腕ってえことは……相手は悪漢どもですかい?」
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