祭りのあとで
第26話 お茶会の子供たち(一)
「姐さんたち、お話長いのね」
「長いのねえ」
窓辺の長椅子で陽を浴びながら、エリーとメアリがスミレ色の砂糖菓子をひとつずつつまんで申します。先ほど現れた家令に渡された色刷りの婦人雑誌を広げると、最新流行の衣服に身を包んだご令嬢たちが並んでいてうっとりします。
「落ち着かねえなあ」
トムが爪を噛んでいます。
「落ち着こうよ」
オリバーが案外悠長です。
「だってよ、急な話じゃねえか?」
先ほどマーガレットを見送ったあとに、家令に言われたことがありました。
「ずっと、この暮しができるかも、って」
もしも、マーガレットが伯爵からの話を受ければ。
よくよくわけを尋ねれば、この先子供たちは、この屋敷で預かってもよい、というのです。
「何ができるかしら」
「洗濯と繕い物なら、俺だな」
「あら、力仕事もなさいよ」
なぜだか子供たちは、ここのお屋敷でどんな仕事をするのかばかり考えているのでした。お屋敷での暮らしが飲み込めないのです。働かざる者、が染み付いております。
「いや、預かる、って、そういう意味じゃないよね?」
オリバーの落ち着きぶりは、どうしたことなのでしょう。
「ここで毎日、こんな風にきれいな服を着て、お茶をいただいて。そういうことだったりして」
「まさかあ」
子供たちが笑うのを、家令はにこにこと眺めております。
「あなた方は、大切なお客様ですから」
「お客様?」
家令の言葉に、子供たちは振り返ります。
「マーガレット様にお願いするお仕事は、長くなりそうですのでね。
育ち盛りの皆様に、十分にお過ごしいただかねばなりません。旦那様はそのようにお考えです」
「十分な?」
「たとえば、トム様はご修行中の身とお伺いしております」
ぎくりとしました。
仕立て屋の親方から逃げ出してきたのですが、なぜそれをご存じなのでしょう。
「いやあ、こらえ性がなくてお恥ずかしい話ですよ」
「ご謙遜を。その、当家のものからお選びになった衣裳を拝見すれば、ご見識がわかろうというものです。並々ならぬご関心がおありなのでしょう」
シャツのフランネル、その仕立ての繊細さ。ベストはウサギの毛織り、その柔らかさ。臙脂のボウタイの絹染めの色合い。黒いウールのパンツも体形にぴったりで、トムを品よく見せています。
「いずれもよい品を見抜かれて選ばれましたね。あなた様がご承知ならば当家から、修業に出たい店のどちらへでも、紹介状をお出しすることができますよ」
トムは思わず声が出そうになりました。
本当の望みを言い当てられたような気がしたからです。
「オリバー様は、思慮深い性質とお見受けいたします。当家の図書室で読み書きや学問をされるのはいかがですか。家庭教師はそろっておりますよ」
オリバーもまた、目を丸くしました。
この屋敷の図書室とは。文字をもっと覚え、たくさんの書物を開き、家庭教師の話を聞けたら、どんなにすばらしいでしょう。
「そんな。何もできない子供に。いくらお客扱いとはいえ、それは」
「旦那様のお考えでは、子供さんの時間は飛び去る鳥よりも早く流れ、とても貴重なのです。できるだけのことをして、世に出ることが肝要だと常々申されているのです。
エリー様、メアリ様も」
「はい」
「当家には腕の良い料理人もおりますし、お行儀修業も花嫁修業もできますよ。もちろん、オリバー様と同様、家庭教師について読み書きなどを身につけることもできます。どうぞご希望のままに」
「まあ」
メアリは、聖書を読むのも時々おぼつかないと思っていましたから、こちらの家令は神様の遣わされた方なのでは。そこまで思いました。
「そして、ジャック様は」
家令は言いかけて目を泳がせ、一番ちびのジャックが部屋の暗がりで使用人をつかまえて絵本を読ませている姿を見つけました。
「そう……」
ジャックについている使用人を見て顔色を変えますがすぐに打ち消しました。
「ジャック様こそ、我々がお役に立ちましょう。ブローチもきちんと身につけ、しっかりとしたお子さまですから」
その様子を目ざとく見ていたのは、やはりオリバーだったのですが、この時は何も申しませんでした。
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