第20話 〈首なし〉の部屋(二)

「何か、ありましたので?」

「実はね」


 伯爵様は、お声を小さくして、


「私と彼は、物好きの仲間なのですよ」

「はあ」


 物好き。

〈首なし〉は、そりゃ物好きでしょう。わざわざあたしたち一座を買いに、こんな遠くからおいでなすったんですからねえ。


「私の屋敷にも、蒐集の部屋がありましてね。古代の地図やら、からくり時計やら。今度ご覧にいれましょう」

「はあ」

「彼も、以前はそんな珍妙なもの、芝居の場面を人形でこしらえたものなどの出し物もしていて、お互いに気にしていたのです」


 そんな庄屋様の座敷に呼ばれて、宮千代姐さんの手妻を手伝ったことがあったっけ。人形からくりと南蛮時計に凝っていらっしゃった。どこにでもそんなお人はいらっしゃるもんで。そんな風に聞いておりました。


「これは気になりますね」

「はあ」

「あの方は、肌身離さずお持ちのキャビネットがあるのです」


 キャビネットとは、箪笥やつづらのことですね。と、あたしは頭のなかでさらいました。


「そういえば宿に置いてありますね」

「ああそうか、宿か。ここには見えないですな。ついつい、今日も何か妙なものでも持ち込んでいないか、期待をしてしまった」


 実に残念そうにおっしゃるのです。こんな大きな船もお持ちのご老人が、そんなことにご執心とは。面白い方だなあと思いました。


「はい。もしも〈首なし〉がおいでだった時には、何か置いていて見せてはくれまいか。お尋ねいたしましょうね」


 また、戸を叩きました。

 そしたら、驚くじゃありませんか。


〈どうぞ〉


 たしかにそう聞こえたんです。


「〈どうぞ〉とは。これは嬉しい。これなら私も入られる」


 伯爵様は、よほど嬉しかったんでしょう、入られるのは当たり前なのにこんなにお喜びになって。


「では」


 あたしは静かに戸を開けました。

 しかしどうしたことでしょう。

 誰もおりません。

 代わりに部屋の真ん中にあるものが据えてありました。


「おお」


 そこにあったのは、船のこしらえもの。大きなもので、幅は五フィートはありました。


「〈三日月の女神〉ではないかね」


 今、あたしたちが乗っている、この船です。


「〈首なし〉殿もお人が悪い。こんな素晴らしいものを黙っておられたとは」


 かなり見事な出来映えなので、持ち主を驚かせようとしたのでしょうか。

 傍で見れば、さらに細かな品々が並んでいて感心しました。お客や、船の働き手の人形もおります。


「いかがでしょうか、伯爵」


 声がしましてその顔を見れば。

 いつの間にそこにいたのでしょう。

〈首なし〉でした。

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