第18話 娘軽業と天狗の抜け穴(四)

「おい、お佐登」


 定吉親方、あたしを小声で呼びました。


「妙だぜ」


 この方は時々妙な勘がはたらきます。あぶない話や、こちらをかつごうとする話、何度その勘のおかげで切り抜けてきたことか。


「妙って、なんです?」

「客人が減っているだろう。〈首なし〉の旦那に聞いても、なんだかまどろっこしいんだなあ」


 ははあ、親方、をあたしに言いつけるな、と少し察しました。


「ちょいとお前、様子を見ておいで」


 大当たりです。 


「そりゃあいいんですかね親方、こんなやんごとなきお方ばかりのところで」

「いや。俺の虫がなんだか騒ぎやがる。ここはひとつ、」

「どうしたのかな?」


 そこにひょいと、伯爵様がお顔を出しました。このお方も勘がはたらくようで。


「なんだか、気になるお話をされているようだね」

「いえいえ。大したことじゃあござんせん。博士を呼びに、こいつを遣ろうってこって。伯爵様もいましばらくお待ちのほどを。お佐登」

「へいへい」


 親方に目配せされて、あたしは広間を出ました。


   * *


「ここで、あたしの手持ちの芸について、お話しすることがあります」


 お佐登は一旦話を切ると、かしこまって申しました。


「娘軽業、綱渡り。それがあたしの看板ですが、小さなお座敷での余興がひとつありました。〈天狗の抜け穴〉ってんですがね」

「これがまた、素晴らしくてね」


 伯爵様が話に割り込もうとして、マーガレットににらまれます。


「あたしも今年、十四になります。軽業は、娘盛りを過ぎると体が硬くなるので、次の芸を磨かなければなりません。そこで、昔一座にいた手妻師に習い覚えて免許皆伝となったのが、この〈天狗の抜け穴〉」


 ごらんに入れましょう。お佐登が申しますと、何か呼吸を飲み込んでいたらしい伯爵、長期旅行用のトランクを手ずからお運びあそばされました。子供ひとりが楽に入る大きさです。


「あたしは、これからこちらへ入りますよ」


 まことにもったいないことで、伯爵はまたお手ずからお佐登を運び、トランクへ入れるのでした。


「そうしたら姐さん、お手間ですが、口が開かないように、この鎖と鍵をかけておくんなさい」


 ははあ。これは奇術か。マーガレットは、


「わかったわ」


 言われた通りにお佐登が入ったトランクを、ぐるぐると鎖で巻いて、錠前を下ろしました。


「ここからは私の出番なのですよ」


 なんだか伯爵がうれしそうにしゃしゃり出て来た。


「とはいえ、力仕事ではない。号令をかけます。

 一。

 二。

 三」

「さて、御覧ごろうじろ!」


 お佐登が笑って、トランクのてっぺんに腰かけている。


「おや」


 マーガレットは素直に感心して手を叩いた。


「おありがとうございます」


 そのあとに。


「これが、あたしの此度の件では、とりえとなりました」

「奇術が?」

「あたしも芸人なのでタネは明かせませんけれども、同じことを鍵のかかったお部屋でもできる、と、覚えておいてください」

「そうなの」


 ありふれた奇術に思えたが。


「マーガレット」


 伯爵が、神妙なお顔で申しました。


「お佐登くんの〈天狗の抜け穴〉。ここに、船に招かれた客一同の命がかかっているんだよ」

「命」


 お佐登もうなずき、話を続けます。


「そしてあたしは、広間から出て、ますます妙なことに気づいたんです」

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