第17話 娘軽業と天狗の抜け穴(三)
「お船などお持ちだったのですか。存じませんでした。それで、」
マーガレットは、尋ねておきたいことが次々浮かんだようです。
「いやあ、ここはその……お佐登くんの話の続きを……」
急に歯切れがわるくなる伯爵に、マーガレットは追い討ちをかけます。
「船主だから、と、わざわざ? 御自ら?」
「まあまあ姐さん、そのおはなしは後でごゆっくり。
とにかくあたしたちは船の座敷に声がかかるとは珍しい、と、張り切って参りました。いったい、こちらのお船は大きくてお城みたいで、けっこうなものでして」
お佐登嬢の話は続いた。
「あの船。
万博のお歴々が集まり、さらに評判のあたしどもが特別に芸をお披露目する」
「伯爵におかれましても、いろんなエサが撒かれていたわけですね? まあ、見え透いていたというのに」
珍しいものや人が好物である伯爵。
あの万博のお歴々。華やかな打ち明け話が集まる宴。そのための船をご提供いただけまいか。
「まあまあ。その始末があの消え失せた船の一件で、それだけは間違いないのですけれど、何も伯爵様ばかりを責めるおはなしではないんで」
やはり、というようにマーガレットはうなずきます。
「つまりは、すっかりのぼせて得意になっていたあたしども、まんまと〈首なし〉の奴に一杯食わされていた訳なんでございます。
はじめから、あいつの目当てはあたしどもをはじめ、此度の万博のお歴々だったんでございましょう」
* *
おかしなことがはじまっている。
なんだか虫が知らせたのは、夜も更けたころでした。
ひととおりの出し物を終えて、いろんな卓に呼ばれ、躍りのはなしや、江戸のはなしをしているそのうちに、どうも宴に浮かれたみなさんが、ひとり、またひとり、見えなくなっている。
小用で失礼したのか。それにしても戻らない。
客室へ戻り、休むにしては、まだ早い。
「F博士はお戻りにならないねえ」
あたしもさすがに、妙だと思いました。
先ほど、あたしの綱渡りを興味深く見て、話しかけてきたF博士。万博ではご自身が工夫発明された、朝食給仕器具をご出品されたとのこと。
弛んだ綱でも渡れる鍛練について興味深く聞いたあと、そうだお見せしたいものがある、と一旦部屋を出て、それからとんと戻らない。
「楽しみに待っているんだがねえ」
そうそう。同じ座にいらっしゃった伯爵もこんなことをおっしゃいましたっけ。伯爵はどんな話も面白そうに聞いてくださるので、あたしどももお話のし甲斐がありました。
「N夫人も戻られないわねえ」
そんな調子で、見えなくなったお歴々の数は増えていきました。
何かあったのか、と訴えたところで、それを話すあたしどもの相手は〈首なし〉その人のほかないものですから、のらりくらりとかわされるばかりで、どうにもなりません。
船の外は嵐ですから、誰も甲板に出るはずもなく、腹を下して静かにしているのかといえば、そんなわけでもないらしい。
これはどうしたことか。
いぶかり出したのは、あたしどもの一座の親方、伊藤定吉でありました。
もとは奥州にあるとある庄屋の五男坊。芸事好き、遊び好きが過ぎて家を飛び出し、長い間あちらこちらの旅芝居やら
今の一座は最後の大仕事と、左腕に命彫りをして芸人仲間を預かってきたのです。
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