第16話 娘軽業と天狗の抜け穴(二)
「〈首なし〉というのは、こちらの世間じゃあ、あまりいい話を聞かない名前なの。その悪名が届いていない東洋へわざわざ出かけて行ったのもうなずける話だわ」
マーガレットが申しますと、お佐登、
「それを早く存じ上げていたら。
何しろ海の外のことは、あたしたち芸人にはさっぱりです。
学のあるお侍の中でも特にできのいい方なら、ひょっとしたらご存知だったかもしれませんが、そんな贔屓はあたし共一座にはいらっしゃいませんでしたからねえ」
「まあまあ、海の外のことを知らないのはこちらも同じ」
サムライとゲイシャばかりだ。絵入り新聞が好んで書き立てるのは。
「まだおたがいの上っ面しかわからないところ。
悪いのは、ずっと上っ面で済ますのが都合のいい、よくないやつらだ。そう思うわ」
そしてまた、伯爵の方を見ますが、伯爵は気付かぬふりです。
「さて、そのあたりの細かいところはおいおい。
あたしがどうして、伯爵のご厄介になる運びとなったのか、そちらを先にお話ししましょう」
「そうね。お話いただきましょう」
* *
そうして万博ではご好評をいただきまして。次の興行先もお話を次々にいただいたようです。
〈首なし〉はあたしたちには親切で、やっかいごとが持ち上がりそうになってもどうしてか丸く収まる。
不思議でしたが、それが奴の腕だとみんな承知しておりました。おかげで愉快な思いもできましたからね。
一座のみなも、毎晩毎晩のお大尽遊びで景気のいい兄さんがたもいれば、うちの奇麗どころの宮千代姐さんなんか、こちらの旦那方からの花やらお菓子やら付文やら、毎日たいへんなものでございました。
あたしは。
あたしを描きたいという絵師や彫師のみなさんに囲まれて絵の手本に娘綱渡り姿でじっとしたり、動いてみたり、そういうことの方が多ございました。
そうするうちに千穐楽となりまして、〈首なし〉は祝いの席の話を持って来たんです。
大きな船を座敷として、万博で評判を取った皆さまをお招きするという席に、あたしたちの一座もお声がかかったというのです。
こりゃもうひと稼ぎできる、それも評判の皆さんのお目にもかかられる、と、張り切りましたとも。
* *
「ときに姐さん。
かわら版屋で評判となったそうなんですが、おとついの晩の嵐で、船が消えた話はご承知ですか」
〈「消失! 消失! 船のかけらひとつ流れてきやしない! 神隠しときたもんだ!」〉
「昨日の朝、やかましかったあの話だね」
「そんなに騒がしくなっておりましたか」
「金持ちどもが不運に見舞われるはなしは、みんな買うからね」
「そこをご存知であれば、また話ははやくなるんです。
つまりはその、あたしの一座と伯爵さまは、あの船にたまさか乗り合わせていたと、こういうことなんでございます」
「……」
姐さんは絵入り新聞のなかみを思い出します。
パリの万博でひと山当てたという山師連中が豪華な客船での祝いの集い、浮かれていたところを嵐が襲い、跡形もなくなった。
船の名前は何と言ったか。新聞売りがいい加減で、〈月の女神〉と言ってみたり、〈三日月号〉と言ってみたり、当てにならなかった上にマーガレットたちは万博にも山師にも縁がない。気にもとめなかった。
「なぜ伯爵までが?」
けげんそうに見つめる姐さんの目を、伯爵はあの手この手でそらそうとするのでした。
「つまりはその……」
目をそらしたまま、伯爵は。
「あの船〈三日月の女神〉は、私の持ち物だったものでね……」
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