第13話 空気伯爵と綱渡り人形(三)

「昨夜からのおもてなし、恐縮至極でございます」


 子供たちとは違ってマーガレットは緊張を崩さず、椅子に掛けてからも慎重な話しぶりです。


「その前にご褒美としていただいたお食事も。

 この通りわたくしは頼りない親代わりで、久しぶりに満ち足りた思いをこの子らにさせてやることができました。それだけでもありがたいことでしたのに」

「マルグリット。その、親代わりの君に折り入っての頼みごとができましてね。

 そのために、お砂糖菓子さんたちにもおいで願ったのです」

「それは」

「こんなお願いは、初めてだね」


 伯爵はまた、静かに申すのでした。


「君の身柄を、当面お借りしたいのです」


 子供たちは、きょとんとしました。

 何を申されているのか、にわかにはわからなかったのです。


「ジャック」


 いちばんちびのジャックが、やがてしくしく泣き出しました。


「姐さん、いなくなっちゃう……」


 あわてて姉さん兄さんたちがなだめますが、そのなだめている方も、少しずつ声に涙がまざるのです。


「まだお受けしてはいないよ」


 そこにマーガレット、短くそれだけ申して、


「いったい、如何様いかようなご用件でしょうか」

「それはね。

 お砂糖菓子さんたち。しばしマーガレットと話さなければなりません。

 こちらで甘いものを用意しましたから、済むまで待っていてくださいね。なあに、夕食まではお返ししますよ」


 ジャックは立ち上がり、マーガレットにしがみつきます。


「ジャック。あとで必ず戻るからね。お行儀よく待っておいで。話はまだ何も伺っちゃいないんだからね。

 みんなもきちんとするんだよ」

「わかったわ、姐さん」


 メアリがジャックを姐さんから離して抱きしめながら返事をしました。


「では」


 別室への扉が、この部屋にはあるのです。


(まだ手のなかには何かある)


 オリバーは伯爵に伴ってゆくマーガレットの背中を見送りながら、そんなところも見ていたのでした。


「ほらほら、ジャック」


 エリーも小さな弟分の機嫌をとります。


「まだ姐さんも、何も決まっちゃいない、って……

 今から先々を思い悩むことはないわ」

「そうさ。余計なことを考えると、今からハゲちまわあ」


 トムも、胸からハンカチを取り出して涙を拭いてやりました。


「みなさま」


 そこに家令が戻りました。

 お茶の支度を運んできた女中たちに指図をして、あらためてこう申します。


「どうぞ、クリームやメレンゲの菓子をお召し上がりください。気持ちも落ち着きますよ」

「ありがとうございます」


 メアリがにっこり返します。


「ご親切に」

「みなさま。そんなにご心配するには及びませんよ」


 家令は、小声で続けるのです。


「どうして?」

「もしも、この度マーガレット様に本件をお引き受けいただけなくても、これまで通りのお付き合いにお戻りいただくだけです」

「ねぐらに住んで、がらくたをお届けするの?」

「左様でございます」

「もしも。姐さんが引き受けたら?」

「その時、みなさまには……」


 子供たちは息をひそめます。


「そうだ。旦那様のお話は長いですから、窓を開けましょう。どうぞ露台へ」


 そのときはじめて子供たちは、この部屋の暗さに気づきました。緊張していて、わからなかったのです。

 家令の指図どおり、女中たちは窓を次々開いて、露台へ卓と椅子を出して支度をいたします。


「素敵だわ」


 メアリが思わず言うと、家令は笑って、


「毎日、こんな暮らしになるかもしれませんよ?」

「それは?」

「それは……」


 ふたたび子供たちは、息をひそめます。

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