第11話 空気伯爵と綱渡り人形(一)

(マルグリット)

「お姉さま」


 窓から屋敷の庭を眺めていた姐さんに、語りかけるいつもの声があり、思わず声が出ます。


「どうかした?」


 エリーがこちらを見ます。


「なんでもないよ」

「ほんと、いつお呼びが来るかと思うと、気が気じゃないわね」



(こんな時に、お姉さま、どうしたことかね)


 この話し相手には、声を出さずとも伝わるのです。


(あなた、子供たちを心配しすぎよ。ゆうべは、ずいぶん《戒め》が緩んでいたわ)

(まさか姉さん)

(伯爵様は、悪戯心さえ起こさなければ大丈夫、って、昔いっしょに報告したじゃないの。教会との協定もまだまだ有効よ。あの方もわたしと同じ、


 マーガレット姐さん、ひとつ言葉をのみ込んで、


(伯爵はそれでいい。あの方ひとりなら私だってこんなに張り詰めやしない。問題は奥にいる……

 いや、こうなってみれば、心配はそこじゃない。

 

(子供たちのために番をしていただけよ。静かな夜だったわ)

(……協定を守り、子供たちも世話になっている伯爵の屋敷で、あなたの戒めが解けていたなんて、とんだ不始末だわ。奥の二人にだって示しがつかないじゃないの)

(お堅く考えないことよ。奥の二人は、んだから。あの子達だって一晩で年頃になんてならないんですからね。

 だいたいあのお二人から用心にブローチを渡されたんですから、その分の信頼はおきましょうよ。

 それよりは、今回のお呼び出しを楽しみになさいな。面白そうなことになっているようよ)


 無作法な。探りまで入れただなんて。

 そう返そうとしたところ、メアリが来て申しました。


「姐さん、行きましょう」


 さて。

 家令が呼びに参りまして、マーガレットと子供たちは、客間に通されたのです。

 背の高い順に一列に頭を並べた子供たちは、いつものにぎやかさはどこへやら、まるで借りてきた猫でした。


「大丈夫です。伯爵様は、子供好きのお優しい方ですから」


 いつもの家令が、柔らかに申しました。

 そんな中、姐さんの様子に気がついたのは、意外にもオリバーでした。背の高い順に並んだので、姐さんの隣だったのです。

 これまで洒落者トム、ちびのジャックにはさまれ、トムと並んで軽い口を叩くことも多かったオリバーでしたが、その様子に似合わず、五人の子供たちのうち、最も注意深いたちなのが、彼なのです。

 軽口が多いのは奇術師の助手をして舞台の前説などもつとめていたからで、実は誰よりもものの気配を察し、いかさまを見抜く眼力も、彼は持っていたのでした。

 マーガレット姐さんは、自分のことを細かに話して聞かせたことがほとんどありませんでしたから、オリバーも、姐さんは昔、荒っぽい仕事をしていて、顔の傷跡はその時のものだということと、今は、縁あって頼ってきた子供の面倒を見ながら、生き別れの、お針子だった姉を探していることのほか、よく知りません。

 その姐さんの気迫が、今朝はただものではありませんでした。いいえ、姐さんは、それを表には出してはいないのです。

 けれどこうして隣にいる者には隠しきれず、まるで決闘に赴く剣士のような殺気を伝え、はて、伯爵は優しい親切な方だと姐さん自身も申していたのに、と、オリバーの内心をざわつかせるのです。

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