第9話 窓のない部屋(ニ)

 翌朝も、子供たちは召使いたちに世話を焼かれ、目を回しておりました。

 まずカーテンを開けられ、朝がきたことを知らされます。それから昨夜同様、湯の入った水差しやらの洗面道具一式が運び込まれ、清潔な衣服と温かい紅茶のついた朝食も届けられました。

 ここへ参るときに着ていた衣服は、今日のうちにまとめて洗濯をするということです。


「兄ちゃん、おかしいや」


 ジャックが気取ったトムを見て指をさします。

 トムはふだんから貧乏なりに洒落者なので、心のなかでは盗み取りたいと願ったこともあった絹のシャツなどを並べられ、目の色を変えていたのでした。


「うるさいな。

 見ろよ、こっちのベストはウサギの特に細い毛だけを集めて織られているんだぜ」

「なんでもいいから、講釈はよして、もう食べようよ」


 あきれたことに、トムは肌着ひとつなのです。ウールのズボンとサテンのズボンを並べて迷っています。

 オリバーとジャックは部屋着のまま。とっくに朝食の丸パンとジャムにバター、皿いっぱいの、ゆでた卵、魚のフライやベーコンにかぶりついています。

 伯爵のお城がありますのは、大陸の聞き覚えのない小国で、ロンドンの屋敷はこちらに用向きがあるときの住まいと聞いておりましたが、きっと、この、食事の不足を訴えたが最後、救貧院を追い出されるイングランドとは考え方が違って、子供にもお腹いっぱいの食事が出されるお国柄なのでしょう。



「姐さん、どうしたの」


 ぼんやりと紅茶の碗を持ったきりのマーガレットに、エリーが声をかけます。


「これから、伯爵様のお客間にまた通されるのよ。しっかりしなきゃあ」

「ああ、そうだね」


 姐さんに用意された衣服は、やはり乗馬服でした。それしか身につけないことを、屋敷の方々はご承知のようです。

 ただし、いつもと違うのは、襟や袖口にフリルやレースがふんだんにあしらわれ、まるで貴婦人のように見えました。

 エリーにもメアリにも、年頃の娘が憧れるような大きなひだ飾りの縁取りがある、スカートのふくらみは控えめの服が支度されました。

 エリーは緑でメアリは紺色、いずれも胸に銀を細工した、橄欖に十字架をあしらった意匠のブローチがついています。

 朝食のあとで親切な屋敷の方々に着付けてもらったのも初めてのこと。コルセットは着慣れずに少し窮屈ですけれど、なんだか誇らしく思えてくるのが不思議です。自然に背筋が伸びて、それらしい姿勢になるのだから気は心です。


「エリー、メアリ、」


 姐さんが、ふいに何かを思い出しました。


「そのブローチは、伯爵様の前では決して外さないようにね」

「ええ」


 お借りしているものを、きちんと身につけることが、この場合の作法にかなう、という言いつけなのだ、と、ふたりは素直に思い込んでおりました。


「伯爵様に、今日はお目通りできるということなのね」


 子供たちは、これまでずいぶん伯爵の親切を受けてまいりましたが、いつも家令を通してのことでしたので、いったいどのようなお方なのか想像がふくらんでいたのです。


「お年を召した方なんでしょうね。そうでなけりゃあ、いくつものお部屋をうずめるような、物集めなんてできないでしょう。お目も相当お高いんでしょうね」


 エリーが言いました。


「ああ、そうだねえ」

「姐さんは、伯爵様にお会いしたことがあるの」


 メアリが言いました。


「昔ね」

「お優しい方なの? 厳しい方?」


 二人そろって気にしているのです。


「厳しい方じゃないさ。子供を大事にする、優しい方だ」

「よかった」

「あの、ろくでなしの甥っ子さえ出てこなけりゃねえ」

「甥御さんがいらっしゃるの」


 自分たちと歳は近いのだろうか、と、娘たちは期待します。


「あんたたちが夢中になるようなもんじゃない」


 そこにすかさず姐さんは釘を刺すのです。


「ろくでなしなんだよ。相手にするのもほどほどにしなきゃあならない。

 そこを充分気を付けてもらわなきゃあ困るんだ。

 ……ブローチは、ちゃんと付けているね」


 そこに、伯爵様のお支度が整いました、と、家令が伝えにまいりました。

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