第8話 窓のない部屋(一)

 全く拍子抜けのすることで、一同が連れて来られたのは、昼間に硝子瓶と人形を持って訪ねた、なつかしいD伯爵の屋敷でありました。


「なんだってんだ」

「しっ」


 トムはどうもいらぬ口が多い。


「どうもどうも」


 老いぼれたほうも、いかついほうも、表に出てきた家令にぺこぺこしております。

 そして、なにかしら革の袋を受け取ると、


「では、お前たち、殿さまのお沙汰を待つのだな」


 実にいばりくさって、いなくなってしまったのです。


「なんだってんだ」

「しっ」


「これはこれは。このようなかたちでお呼び立てして申し訳ございませんでした」


 続いてはいつもの穏やかな家令がうやうやしくマーガレットと子供たちに慇懃にお辞儀をする。


「急ぎの用件で、しかしお住まいを存じ上げず、どうも無礼な者が手柄を争ったようで相すみませんことです」

「いいえ」


 自分たちのようなその日暮らしの者にも親切に声をかける清濁併せ呑む伯爵の事、中にはあのような柄の悪い警官もいることだろう、と、マーガレット姐さんも心得ているよう。

 そして、うやうやしくお辞儀をします。こんな時の姐さんはまったく作法がきれいで、大したものだとエリーは横目でみながら、同じくお辞儀をします。


「あんたたちも!」


 姐さんが小声で叱ると、子供たちも続きました。


 それからは、面食らうことが続きます。

 家令は、今夜はもう遅うございますから、伯爵様は明日お目にかかります、と、一同はそれぞれの部屋に招かれました。


「なんだい、こりゃあ」


 召使いたちにあれこれと世話を焼かれ、子供たちは目を白黒させております。男女の別に部屋を分けられ、身体を洗うための湯がたっぷり入った水差しと、洗面器などの一式を並べられました。

 いつもは水しか準備できず、石鹸だってちびたものを全員で使い回していたのですから、お湯なんて夢のようです。そしてタオルの柔らかなこと。

 その上、着たことのないような肌触りのよい寝巻きを着せられて、ぴん、と張ったシーツの寝台に、ひとりひとり寝かされました。


「姐さん」


 メアリが嬉しさを隠せぬ様子で申しました。


「救貧院は、こんなじゃなかった」

「そうだろうよ。そうだろうね。

 お姫様になったと思って、もうおやすみ」


 エリーはもう、眠ってしまったようです。


 しばらくすると、どたばたと隣の部屋と廊下がやかましいのです。


「何をしているの」


 なぜ、このようなときに、トムたちは枕での殴りっこをはじめたのでしょうか。叱りつけて、静かになるまでしばらくかかりました。


「やれやれ」


 お行儀が悪くて、困ったものです。

 そのとき、けらけらと笑う声がしました。

 お屋敷に、そんなあけすけな笑いかたをする者がいたのでしょうか。

 見ると、小柄な少女のようでした。

 手にはろうそくを持っていて、ぼんやりとその姿が浮かびあがります。


「こんばんは。騒がしい晩だったね」


 長い髪を結い上げ、愛嬌ある丸い目をしております。

 着ているものは、花柄のキモノにブルマーのようなスカート。


「あたしは、おサトってんだ」

「マーガレット。そう呼んでちょうだい」

「よろしくね。

 それより、今朝は本当に助かったよ。ありがとう」

「えっ」

「明日、あらためて子供さんたちにも礼を言わせてもらうよ。

 今晩はこれで」


 姐さんは、そうして部屋へ戻ったのです。

 いろいろと考えが頭をめぐりましたが、ここは眠ったほうが良さそうでした。


   * *


 誰もいない廊下を、するり、と通り抜けた影がありました。


「おや」


 目ざとく見つけたのは、かのキモノの娘です。


「猫かい? ずいぶん大きいようだが。

 こちらの殿様は、珍しいものがお好きと聞いたが、その通りなのかねえ」

「猫じゃあないわ」


 驚いたことに、影はそう申しました。


「わたしは、五人のおちびさんたちのために、番をしているの」

「なるほど。

 実はあたしも、それも気になっていてね。でも、番がついてるなら、お節介だったね」

「あなたもそろそろおやすみなさい。

 この屋敷は、案外物騒よ」

「へへっ」


 キモノの娘は笑って、またふらふらと屋敷のどこかへ向かうのでした。

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