第7話 伯爵家からの贈り物(三)

「なんだい」


 子供たちの誰かが起きてきました。


「しっ」


 マーガレット姐さんは、身なりをただし、


「落ち着いてくださいな」


 ドアを開け取り乱しもせず、やかましいその連中の顔を見据えました。

 男がふたり。いかついほうと、老いぼれたほう。


「夜分に失礼。

 さる盗品の取引にかかわる者が、こちらに潜んでおると報告を受けまして」


 先ほどの乱暴な声の主と思われるいかついほうを脇によけ、老いぼれたほうが前に出て、穏やかに申しました。制服は着けておりますが警官でしょうか。

 とはいえ警官と申しても、この時代の警官はなにかとばかにされ、ごろつきと時々区別がつかないこともありましたようです。労多く報われない仕事には親切な者も、勇敢な者も、真面目な者も乱暴者も混ざっていたことでしょう。


「盗品ですって」

「今晩、急に豪勢になった、と、近所の方からね。

 あのケチな屑物買いの大将が、そんなに払いがよいはずがない、と、お前さんもよく知っているのではないかね」


『ジョーンズさんとこにもパンと肉を持っていっておくれ』


 姐さん、そもそもこのねぐらを見つけたその時、豪奢な寝室で女王気取りだったあの母娘と、なわばり争いのいざこざがあったことが頭をよぎりました。最近ようやく関係がましになってきたと思っていたのに。

 しかしたとえそうであっても、いつものこと、と、おもてには出しません。あの親娘をうたがわずとも、立ち聞きをされていたのか、忍び足で運んだパンと肉を見られたか、誰かを疑い出したらきりがないのです。


「なに、事実の確認が必要なので、少々の間ご同行願いたいと、そういう訳でございます」

「それより、誰の許しで住み着いたんだ」


 酒で喉を焼かれたような声が、余計なことを申すので、姐さんは内心舌を打ちましたが、こちらもおもてには出しませんでした。


「ご同行はいたします。盗品など、なにも関わりがないとわたくしは誓って申し上げることができますから」


(マルグリット)

(お姉さまは出てこないで)


「ただ、子供たちが五人おります。置いてゆくわけにはまいりませんから、こちらもいっしょにお連れ願います」


 犬はまた吠えるのです。

 マルグリット姐さんは、どこまでもまっすぐ警官たちを見据えるのでした。



「なんだよ、お休み中だったんだぜ」


 憎まれ口を聞いているのはトムでした。こんな時でも髪を櫛でなでつけるのです。

 櫛は手放せないのです。なぜなら、今、姐さんは、大事なものだけ持つように、と言いつけたのですから。これは、このままねぐらに戻れないかもしれない事態が起こったということでしょう。


「こんな夜明けも待たずに、ご苦労なこって。おれたちが何をしたってんですかね」

「黙っておいで」


 姐さんがたしなめました。ことの決まりが定まるまで、余計な口は叩かないことです。


「なあに、近ごろ債権者がうろつき始めたじゃないか」


 不安そうな他の子供たちにトムはささやきます。


「これまでは、やつらが小競り合いをしていたから、邪魔もされず長居ができていただけさ。

 どうせ潮時だったんだ。気にしないでどこへでも行こうじゃないか」


 夜の闇は、手を伸ばせばなにかまとわりついてくるようで、頼りない心持ちが街灯のすきまを縫うように進むカンテラの明かりと、姐さんと、トムの言葉とを子供たちは気持ちの支えとします。


 けれど、警官たちに囲まれて、示されるまま歩くうち、だんだんと一同はいぶかしげな顔つきになってまいります。ちびのジャックまでも。

 あれだけの啖呵を切った手前、姐さんもなんとなくきまりが悪くなってゆくようでした。



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