第5話 伯爵家からの贈り物(一)
そもそもの始まりは、その朝、子供たちが川辺であれを見つけた、そこからです。
あんな汚れた人形と空瓶ひとつ、と言われたもの。
ここのところ、ろくなものが口に入らず、躍起になっていたせいかも知れませんが、子供たち、いろいろながらくたを見つけ、拾うことができました。
大風で飛ばされてきただろう、宿屋の看板。
底の抜けた靴が片方。
砂まみれのハンカチーフ。
蝋で蓋をとじた葡萄酒がいくつか。
『ちぇ、海の方ではお金持ちの客船が消えた、なんて嘘っぱちだい』
宝石や金貨が流れ着いていないことに、不平を申したものがありました。オリバーです。
『いくらなんでも海からこの川までさかのぼってくるもんですか。
それに不謹慎よ、そんなお話』
エリーがいつものように背伸びして言いました。
『そうよ。不幸に遭われたみなさんの無事をお祈りしましょう』
メアリも優しくたしなめます。
『なんだい、おりこうさん。尼さんみたいな説教しやがる』
『貧すれば鈍する、ではいけないわ。
心持ちだけは正しくしましょう。読み書きもちゃんと覚えなければね』
『マーガレット姐さんの受け売りじゃないか』
読み書きが不得手なのもあり、そんなお説教はまっぴらです。
そんなときに、オリバーが目ざとく見つけたのでした。
「最初は死人かと思って、ぎょっとしたよ」
枯れ枝や網の切れ端に混ざって、なにかが倒れていたのです。
恐る恐る近づくとどうやら子供ほどの大きさの人形で、拍子抜けしました。
「それが、日本のキモノを着ているからきっと値打ちがある、と、伯爵さまに知らせようとしたお利巧はだれ?」
メアリのうぬぼれには時々あきれてしまいます。
「はいはい、姉さんですよ、かしこいメアリ姉さんですよ!」
しかし思えばふしぎな人形でした。
この汚れた川に流れついて、キモノにはシミひとつ、体には汚れひとつなかったのです。
「ひょっとして日本のものは汚れないのかね」
そんな訳はありません。
「それともそこが特別な値打ちの品なのかね」
さらに不思議なことがもうひとつ。
その人形は、一抱えほどの大きさの空き瓶にしがみついたかたちとなっていて、どうしてもその空き瓶を引き剥がすことができなかったのです。
「嵐で揉まれたせいなのかなあ」
なんにせよ、それがこの温かな食事になったのですから、ありがたいことでした。
今のねぐらは、ロンドンの、あのごたごたした横町にある、先日夜逃げした下宿屋の使用人部屋でしたから、またいつ追い出されるかわかったものではありませんが、束の間、ひと心地がついたものですから、みな笑っておりました。
「ジョーンズさんとこにもパンと肉を持っていっておくれ」
オリバーが我先に手を上げて、いそいそと出てゆきました。
近所の長屋に母ひとり娘ひとりの家族が住んでおりました。毎日毎日造花をこさえているため部屋は人ひとり休む隙間もない、気の毒な様子。
時々、今日のように、眠る時だけこの屋敷に忍び込んで、夜逃げ前にいた主人たちのやけに立派な寝室を使っているのでした。
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