第24話 裏切りと裏切り


 「私と組みません?」というトマスからアカへの真剣な誘い。様々な思惑はあれど、話ぐらい聞いても損はしないだろう。


「君、6翼のとこの人間でしょ? 離反する感じ?」


「まあ離反と言えば離反になりますかね。パロミデス様の事はもちろん敬っててますが、ぶっちゃけ反りが合わなくなって来ちゃってまして」


 トマスは気の抜けるような無表情を維持したまま肩をすくめた。


「今回の侵攻もあんまり気乗りしてなかったんですよ。竜議会同士の戦争なんて、明らかに世界に亀裂入るじゃないですか」


 まあね、とアカは頷く。


「で、僕を取り込んでどうしたいの?」


「そうですね……とりあえずこの侵攻を終わらせたいですかね。それもどちらの陣営にも寄与しない形で。そちらの第11翼もこちらの第6翼も今すごい状態悪いじゃないですか。第7翼陣営が機能不全で仲を取り持ってくれる人もいないわけですし。そこでいっそのこと、この場に第三勢力を立ち上げちゃおうかなって」


「ふーん、なかなか面白そうな提案だね」


 トマスが何を企んでいるのかは分かった。だがその企みに乗る前に一つ聞いておかなければならないことがある。


「さっき真っ先に逃げ出したのはなんで?」


 今回の話を持ち掛けるなら戦いながらでもできたし、その方が手っ取り早い。だがそうしなかったのは何故か。


「それはもちろん貴方を連れ出すためですよ。私があのタイミングで森の方に逃げたら普通には追い付けない。それこそ貴方のように以外はね」


「あれ、なんだか僕が飛べるのを知ってたような口ぶりだね」


 たしかにアカはトマスを追いかける際、空中を駆けて来ている。だがその飛翔術を見せたのはこの戦いではそこが初めてのはずだ。


「実は前にも見てるんです。つい最近ドンネルの方角から飛んでましたよね」


 あの時か、とアカはシルビアの依頼で竜界に入ったときのことを思い出す。


「近くにいたの?」


「まあそうです。そんなに近くって言うほど近くもないんですけどね。とにかくその時の記憶で、あーあの人だって思いまして」


 それにこの話を持ち掛けられるだけの実力がありそうだったので、とトマスは付け足した。これでトマスが狙いすましたかのようにアカと2人きりの状況を作った理由が判明した。

 そしてアカは軽く頷いた。


「いいよ。その話乗ってあげる。なかなか面白そうだし、一番僕の目的を達するのに早そうだ」


「助かります」


 無表情のままのトマスとアカはそこで握手を交わした。

 トマスはあっ、と何かを思い出す。


「契約結んでおきますか? その方がお互い信用できるだろうし」


「そうだね。口頭でも問題ないんだよね?」


「はい問題ないです。ただ他にも契約を結んでる状態だとどっちも無効になっちゃう場合があるんですが、今、他に結んでる『血の契約』はないですよね」


 『血の契約』とは『竜証保持者ドラゴンホルダー』が作成した文章、または口述された契約。絶対の効力を持つそれは、契約に了承した後に反故にした場合には重い代償が課せられることになり、契約者の血によって締結され、どちらかが『竜証保持者』ならば契約を成り立たせることができる。

 ちなみに『竜証保持者』とは『竜能』を顕現させることが出来た者に与えられる称号であり、この世界の頂点的生物である『ドラゴン』と同等の力を持つと認められた証でもある。

 

 トマスの問いかけにアカが答えた。


「大丈夫。



────────────────────────



 十六竜議会は他とは隔絶した次元の力を持った16名がそれぞれ頂点として君臨し、その下に戦闘部隊や警備隊が設けられて組織されている。その16名の実力には多少の差があり能力によって相性も違ってくるが、数字による序列はその実力によるものではなく、単に順番で割り振られただけである。


「この場で終わらせてやる!」


 この世の頂点の一角。十六竜議会第11翼の位を冠するアルドレア・センドリクスは剣技の達人であった。有り余る竜圧を一身に浴びて洗練された身の丈ほどの長剣。それを用いた華麗なる剣技でどんなものでも伏せてしまう。淡い栗色に輝く長髪、端麗な顔立ち、スラリとした出で立ちは、見るものを魅了し戦場にも華をもたらす。


「お前には無理だ、俺には勝てん!」


 もう一方の頂点。

 十六竜議会第6翼の位を冠するパロミデス・アロンは筋骨隆々の恵まれた体格を持つ傑物であった。体術、剣術の類いは一切身に付けておらず、溢れる竜圧と欲望、そして野生じみたセンスによってを蹂躙する。獣のような男である。その不気味に歪んだ笑顔に裏表などなく、全てが等しく自分に屈服するべき存在であると心底思っていた。



 アルドレアの愛刀『弥儺みな』がパロミデスを襲う。

 『弥儺』は全てを祓う妖刀である。使用した者は死ぬと謂われ、巡り巡ってアルドレアの元へともたらされた。その刀は竜圧を吸収していて、並の人間では触れただけでその全てを奪われ半自動的に死に至る。それが妖刀の正体だった。

 だがアルドレアほどの竜圧を持つものならば問題はなかった。有り余る竜圧のほんの一部だけを吸収すると黒色だった『弥儺』は、ありありと輝く純白へと変貌した。


 最高峰の切れ味と最高峰の耐久力を持つ『弥儺』。さらにアルドレア自身の竜圧をまとって放たれる至高の一撃。この世にそれを防げる者はいない──。


 ──否。いないはずだった。


「ぬううっ! があっ!!」


 アルドレアの左一文字斬りをパロミデスは右腕でガッチリと弾いて見せる。刀が弾かれる感触を、アルドレアはそこで初めて体験した。

 お互いに距離を取り間合いを見極める。


「大したことねえな。最強の剣士ってやつも」


「吠えるな。防ぐことしか出来ない野獣が」


 十六竜議会同士の戦いは長らく行われていなかった。アルドレアとパロミデスはもちろんのこと、現存するよく同士で行われた対決は今のところ皆無である。

 だからこそアルドレアは相手を計り切れずにいた。実力がどれ程のものか。どれだけの力を出せば相手を打ち砕けるのか。『弥儺』を防がれた時点で慎重にならざるを得なかった。

 しかしパロミデスは違った。


「俺には勝てねえよ。経験が違う。くぐってきた修羅場が違う。これまで戦ってきた歴史が違う。お前のような、人間どもに媚びへつらってる腰抜けに俺は倒せん」


 パロミデスは『竜界』で数多の生物を駆逐してきた。それは十六竜議会の中でも随一の領土を所有していることにも繋がる。欲しいものは奪い。邪魔するものは力ずくでねじ伏せる。

 そしてそれは同じ十六竜議会の人間だろうと変わらない。


「腰抜けは貴様だ。貴様には正義がない。正義の無い行いはいずれ折れる。それが今だ」


「正義だと? そんなものどこにある。今ここに連れてこい。お前らの言う正義は俺の自由に潰される程度でしかないだろ」


 腐すようにパロミデスは言った。正義だなんだと言葉遊びをする人間をパロミデスは嫌っていた。


「我々の正義は論理だ。すじだ。貴様の行いにはそれが無い」


「はんっ。何を言いたいのか皆目見当もつかんな」


「ここはガレス領であり、貴様らは侵略者だ」


「お前らこそ勝手にここに入って来てんだろうが。そのガレスだっていねえのによ」


 パロミデスの発言でハラワタが煮えくり返りそうになるのをぐっと堪える。

 こちらの行いが正当であることは一目瞭然であり、その証人もこの場に連れてきていた。


「ルダマルコ」


 アルドレアが呼ぶと、後方から1人の男が姿を見せる。アルドレアは怒りを押し殺しながらパロミデスに現状を説明してやる。


「第7翼『爪』第1席のルダマルコだ。貴様も面識があろう。行方不明となっているガレス・センドリッチの代理であるルダマルコから正式に要請を受けて我々はここにいる。つまり第7翼の意思は貴様らをここから排除することであり、我々もそれに賛同している。これが我々の持つ正義であり、道理だ。貴様らにはそれがないのだ」


 正義を言葉で説明してやるのはアルドレアによる最後の情けである。これでパロミデスが引き下がるわけがないことはアルドレアも理解している。それらは自らの正当性を誇示し自陣営の士気を保つためでもあった。

 パロミデスが聞き入れないならば後は全力で叩くしかない。それがガレスに対する手向たむけでもある。



「あー、やっぱり勘違いしてんな」



 パロミデスはゆっくりと腕を組む。それは臨戦態勢を解いたことを意味した。

 と、次の瞬間。アルドレアは自身の胴体に鈍い衝撃と痛みを感じる。


「ぐっ……な、ぜ……」


 背中から腹部へと貫通する刀身。目線だけを後ろに向けた。


「ルダマルコ……!」


「申し訳ありません」


 哀れみの目をアルドレアへと向けるルダマルコ。突き刺さった刀身をルダマルコは勢いよく引き抜いた。

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