第25話 最初の衝突


 十六竜議会第7翼ガレス・センドリッチは第11翼アルドレア・センドリクスとは盟友であった。同じ『人間派』として行動を共にすることも多く、互いに強い協力関係を築いていた。当然、第7翼の戦闘部隊『そう』の第1席であるルダマルコのこともアルドレアはよく知っていた。

 ガレス・センドリッチが消息を絶ったあと、アルドレアはルダマルコの要請を受けてガレス領の防衛・奪還に赴いている。



「貴様……裏切ったのか……」


 口から溢れる血を吐き出し、アルドレアはその場に崩れ落ちた。

 その姿に哀れみの目を向けるルダマルコ。


「申し訳ありません」


 アルドレアは両手を地面についてなんとか体を支える。ルダマルコに刺された箇所が激しく痛んだ。

 

(……っ、傷口を塞げない)


 アルドレアは腹に空いた穴を押さえる、がそれは応急措置にもならなかった。


「乱れるだろ、竜圧が」


 クックックッ、とパロミデスが笑った。

 アルドレアほどの竜圧を持つ者ならばその竜圧を転用し、例え体に穴が空くような傷であっても瞬時に血を固め、回復させていくことができる。

 だが今はその回復術が使えなくなっていた。


(ルダマルコの竜能か……!)


 竜圧の流れを阻害し、自発的な竜圧の操作を一時的に乱れさせる。例え身体を竜圧で守っていたとしてもルダマルコの刀はそれを切り裂いて通過できる。ルダマルコは対竜師に特化した竜能を所持していたのだ。


「アルドレア様!」


 リーナとの戦闘で離れた場所にいたクラメルはあるじの窮地に動揺し、目の前の敵から意識を逸らしてしまう。

 その隙を見逃さずリーナの小刀がクラメルの四肢を斬り刻んだ。


「がっ、はっ……アルドレア様……」


 全身の力が抜けて倒れたクラメルは、それでも血を流しながらアルドレアの方へと向かおうとする。


「哀れね」


 戦意を無くしたクラメルにリーナは毛ほどの興味すら失った。やはり強くてたくましいパロミデス様がこの世で一番であるとそこでまた実感し、恍惚こうこつの表情を浮かべた。




「ぐっ……! ああ……! くっ……!」


 ルダマルコにより竜圧の操作を乱されたアルドレアはされるがまま、パロミデスに頭を何度も踏みつけられていた。


「だから、初めから、勘違いしてるって、言ったんだよっ!」


 どうにか頭を腕で覆うがそれは気休めにしかならなかった。パロミデスの踏みつけには一切容赦が無く、足を踏み落とす度に鈍い音を立てて地面を震わせた。

 操作できる僅かな竜圧を何とか頭部に集めるアルドレアだったが、幾度となく踏みつけられることで徐々に抵抗も弱まってきていた。

 こんなところで、とアルドレアは唇を強く噛んだ。

 クラメルは既に意識を失っている。


 パロミデスは殺す気でアルドレアを踏みつけ続けた。

 事あるごとに楯突いてきていた生意気な小娘をついに排除できる喜び。一方的な蹂躙によって込み上げる愉悦。

 しかしその幸せな時間に邪魔が入った。

 上空から見知った竜圧を纏った者が降ってきたのだ。

 ズドン、と地面に背中から着地したその者は十六竜議会第6翼『爪』第2席。パロミデスの部下であるトマス・トルマリンだ。


「おい~、邪魔するなよなぁ」


「すいません。まだ制御しきれてなくて」


 無表情で細目の男、トマス・トルマリンはそう言って立ち上がると服をバサバサと上下に揺らして背中についた土ぼこりを落とした。


便利だな。飛べるやつがいたのか?」


 トマスの竜能は「能力の模倣」である。模倣できる能力は『竜能』に限らず、その目で見たあらゆるモノが対象となる万能の竜能であった。


「はい。あ、すいません。連れてきちゃったみたいです」


 トマスが飛んできた方向からもう1人何者かが近づいて来た。その何者かの竜圧を感じ取ったパロミデスは踏みつけていたアルドレアから咄嗟に足を離した。

 するとパロミデスが立っていた場所にサーベルと短刀が勢いよく突き刺さり──ズドンッ!

 と、地面をえぐりながらそこに着地する。それは赤髪の少年、アカであった。


「おいおい、何だお前。いなかっただろ前は」


 パロミデスは事前に第7翼と第11翼の戦力を把握していた。それぞれに所属している警備隊にも障害となるような細工をし、そちらに手を回させて戦力を削っている。事実、第11翼『爪』第1席のスピノールはこの場に現れていない。

 パロミデスは自らが所有する国『パロイデン』の軍隊を用いて、第2席のクラメルの竜能を消費させ、ルダマルコをこちらに寝返らせた上で開戦し土壇場でアルドレアをはめることにも成功した。

 ここまでは順調に進んできている。

 だが今、目の前にイレギュラーが現れた。


「とりあえずこのまま引いてくれないかな? 素直に引いてくれるなら手出ししないでおくよ」


 アカはサーベルと短刀を地面から引き抜いてアルドレアとパロミデスの間に割って入る。


「なめるなよガキが……。俺が誰だか分かってんのか?」


 押し潰すように竜圧を放つパロミデス。周囲の空気が震え、大地が揺れる。抵抗力を失っている今のアルドレアでは簡単に潰されてしまうだろう。

 しかしアカがそれをさせない。同質量以上の竜圧をパロミデスにぶつけてみせる。


「ああん?」


 押し戻される感覚にパロミデスは不快感をつのらせる。


「てめえ……どいつの差し金だ? 第2か? 第3か?」


「うーん。そんなのどうでもよくない? 侵略者に丁寧に教えるほど僕は出来た人間じゃないんだよね。知らないままここを去りなよ」


 アカは珍しく強い口調でパロミデスを睨んだ。


「おい、トマスよ。お前が責任を取れ。お前が殺さないからこいつがここにいんだろ」


 パロミデスは後ろに立つトマスに殺気を向ける。例え自分の部下であろうと自分の不快となる要因を作ったならばパロミデスは容赦なく殺す。

 トマスが模倣した飛行能力が目の前にいるアカのものならば、トマスとアカは一度戦っている可能性が高い。自分が負けるわけないが、まずはトマスに戦わせて力量を測るの方が確実だろう。それに事前に仕留めておかなかったトマスの責任を追及する目的もある。


「分かりました。私が責任を取ります」


 ゆっくりと歩きながら腰から刀を抜くトマス。パロミデスはスッと横にずれる。腕を組み、お手並み拝見という面持ちでアカを見下ろした。

 しかし次の瞬間──


「あ?」


 トマスの刀はアカに向けられることなくパロミデスの左横腹に突き刺さった。

 黄金の防具の隙間。パロミデスの側にいたからこそ付けた隙。


「ぐっ……! てめえ!」


 血を吐きながら片膝を着くパロミデス。突き刺さった刀を抜こうと素手で掴むがうまく力が入らない。竜圧の流れが乱れているのだ。


「無駄ですよ。私の竜能知ってますよね。誰の力を模倣したと思います?」


 トマスは無表情のままパロミデスを見下ろした。

 それを聞いて額に青筋を浮かべた人物が2人。パロミデスとルダマルコだ。


「むっ」


 トマスは刀を引き抜こうとしたが微動だにしなかった。パロミデスがガッチリと掴んでいたからだ。その隙を狙ってルダマルコが距離を詰める。大人しかった顔立ちが鬼の形相へと変わっていた。

 だが、それを何者かがさえぎった。


「アルドレア様! 遅れて申し訳ありません!」


 南東方面の亜人軍を退けたフーリエが駆けつけた。

 しかしそのフーリエに目を血走らせたリーナが襲いかかった。本気になった爪席を2人同時に捌くのはフーリエでも難しい。片腕を犠牲にしてでも止めてやる、とフーリエは気合いを入れた。

 そこへまた1人。

 フーリエの後に続いたクロが小刀を持つリーナの右腕を下方へひねり体を強制的に回転させ、地面に組み伏せる。

 リーナの可愛らしい顔が激しく歪んだ。


「くそが!」


 南東方面にいた第11翼陣営がこの場に終結し始め、一気に形勢が逆転することとなった。

 ようやく事態を飲み込んだパロミデスは額の青筋をさらに増やし、鼻筋にシワを寄せる。久しく痛みを感じていなかった体、その横腹に空いた刀傷は怒りの燃料となった。


 駆けつけた竜師達に抱えられ、アルドレアは上半身を起こす。蹴られた反動で視界はふらつき竜圧はまだ乱れていたが何とか止血はできていた。


「もうやめておけパロミデス。貴様が引かないなら我々は徹底的に抵抗することになる。もちろん、私を文字通り足蹴にした償いもしてもらうぞ」


 そう強がったアルドレアだが、重症であることに変わりはない。これ以上抵抗するにしても最大戦力であるアルドレアが参戦することは難しいだろう。だからこそ強がった。少しでも弱さを見せればパロミデスはそこに付け入ってくる。

 単純に追い詰められている状況。それはパロミデスをキレさせるには十分すぎる要因だった。


「……っどいつもこいつもよぉ! なめ腐りやがってよぉ!! 全軍で捻り潰してやる!」


 横腹に突き刺さった刀を腕力でへし折る。そして右手掲げようとした。それが全軍前進の合図である。

 先行したパロイデン軍は約1万。そのほとんどはクラメルの竜能で倒された。しかし後方に待機している軍は5万を越える。さらに指揮官として1級竜師が50名配置されている。第6翼の強さはパロミデスという強力な個とパロイデン軍の数による圧倒によって成り立っている。

 パロミデスが右手を挙げた瞬間、大軍による蹂躙が始まることになる。


『第1射装填。右腕を狙え。各自の判断で的を無力化しろ』


 パロミデスの右手は挙がり切る前に外的な衝撃によって弾き落とされた。


『第2射。手足と頭を狙え』


 そして一瞬の静寂の後、パロミデスの左腕、そして両足にも同じ衝撃がもたらされ、最後に頭にが当たって首が後ろへと弾かれた。

 パロミデスは乱れつつも瞬時に竜圧で頭部を守ったため、致命傷には至らなかった。


「……っ」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める。

 その独特の衝撃、遠距離からの精密高速攻撃。それはパロミデスにも心当たりがあった。


「どうやら間に合ってくれたようだ」


 アルドレアの遥か後方。周囲を木々に囲まれた丘陵きゅうりゅうの上にその者達はいた。その者達を指揮するのは、冷徹に整った顔立ちをした碧髪へきがみの青年。


 十六竜議会第13翼ラモラック・レストニア。


 第11翼アルドレア・センドリクスと共に『人間派』として世界を調停する者。

 彼が率いるのは長距離攻撃を可能とする特殊武器を装備した隠密の精鋭部隊──


「──霊隠部隊スピリッツァーがなんでここにいるっ!」


 パロミデスが激昂する。


「私が呼んだ」


 アルドレアが答えた。


 パロミデスはさらに強く奥歯を噛み締めた。

 腹から込み上げる怒りが乱れた竜圧に乗って周囲に伝播でんぱする。


「全員ぶっ殺してやる……全員だ!」


 霊隠部隊スピリッツァーに貫かれた傷はすでに癒えていた。竜圧が多少乱れていようとパロミデスには関係無い。この不利な状況など力で全て屈服させられる。

 しかしその心情を無視してパロミデスの足元に陣が出現した。


「……ちっ、次は全員殺す」


 パロミデスの他、リーナやルダマルコの元にも陣が出現するとアルドレア達の前から姿を消した。南東方面と連絡を取ると、クロが倒した第3席ボンズ・ボンズと第4席アルレリオ・アルレオス達も同様に消えたという。

 つまり敵勢力は撤退を選択したということ。



「……どうにか勝ったな」


 力なくアルドレアが呟いた。


「あっちも転移陣使えるの?」


 サーベルと短刀を鞘に納めながらアカが尋ねた。


「いや、第6翼陣営にそのような使い手はいなかったはずだ。つまりあちら側にも協力者がいるということだ」


「……なんかちょっとめんどくさくなってきたね」


「ふっ、まあそう言うな。とにかく戻るぞ。戦った後だ腹も減ってるだろう」


「お、いいねえ。僕たちが何か作ってあげようか?」


「分かった。料理人とうそぶくからにはそれ相応の品を期待している。それを食べながら今後のことを話し合ってもらうとしよう。私は少し寝る」



 お互いに多大な被害を出しつつも第11翼陣営は目標を達成させることができた。

 第6翼とその裏にいる者。問題は尚も山積みだが、新たに加わった戦力は今回の戦いで大いに活躍した。アカとクロの存在は『人間派』と『人間界』にとってこれ以上ない朗報と言えるだろう。


 こうして十六竜議会翼同士の最初の衝突は幕を閉じたのだった。

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