第23話 クロの勝利とアカの思惑

 『竜能:豪竜刀解放エモシオナンテ』は自身の竜圧を媒体にして1本の剣を作り出す。


「ぅおらっ!」


 ボンズは地面に伏せられた状態から片腕で大剣を振り抜く。クロはそれを避けるが、その斬撃は十分クロを殺し得る威力を伴っていた。

 剣の切れ味と威力は扱う者の竜圧に比例するため、ボンズの竜圧がそれだけ高いという証明でもあった。

 ボンズは勢いよく起き上がると大剣を両手で構えて上段から振り下ろす。クロはそれを油断なく見切り横に跳んで避けた。

 だがそこにもう1人。


「はっ!」


 避けた先で待ち構えていたのは漆黒の装備を身に付けた細身の男、アルレリオ。突き出された右拳をクロは振り向きざまの右手で受け止める。が、互いの右手がインパクトした瞬間、盛大に爆発を引き起こした。その爆風によってクロの体は後方へと吹っ飛ばされた。


「ふんっ」


 爆風による衝撃を逃がすため体をひねり、両足を地面にしっかりと突き立てて勢いを殺す。しかしアルレリオは爆発の影響を受けることなく平然とその場に立ったままだった。


「……厄介極まるな」


 『竜能:千砲質ボンバラディオ』。自身の身体のどこかが何かに触れた瞬間、そこが爆発する。そして能力者自身にその爆発は影響しない。シンプル故に対処が困難な能力である。


 受け止めたクロの右手は爆発によって火傷を負っていた。対するアルレリオは無傷。このまま戦いが続けばジリ貧でクロは敗北する。


(さて……どうするか)


 左右からクロを挟むようにボンズとアルレリオが迫る。考えている時間はない。


(触れたらアウト。なら触れずに倒せば良いわけだな……っ!)


 2人から同時に刀での横払いと前蹴りが繰り出されるが、地面すれすれまでけ反って避ける。続いて振り下ろされる刃とかかと落とし。1秒にも満たない連続の攻撃だが、クロはそれすらも避けてみせる。

 地面に激突したかかと落としが猛烈な爆発を起こす。土煙が数メートル上空まで立ち上った。


「ちっ、避けるのが上手ぇなくそが!」


 ボンズが叫ぶ。

 アルレリオはそれをいさめた。


「ボンズ、熱くなるな。俺たちが竜能を解放してから奴は避けるので精一杯だ。このまま2人で攻め続ければいずれ奴の体力も底をつく」


 そう分析するアルレリオ。

 あまりにも的確な分析にクロは思わず笑ってしまう。


「対人戦闘に置ける『竜能』の有用性か……」


 クロは考えを改める。

 ボンズとアルレリオの実力は竜師の中でもかなり上位に位置しているだろう。仮にも第7翼で爪席を与えられている者たちだ。それに『竜能』も解放されている。その時点で出し惜しみをして勝てる相手ではなくなっていた。

 そしてクロは『竜能』の使い方をまだ知らない。

 

「まあいい。それは追々だな」


 クロの手持ちの札の中で使えそうなモノ。

 

(あれをやってみるか)


 『竜能』は能力を顕現けんげんさせた後に名前を付けることでその能力を十全に使いこなせるようになる。つまり名前をつける以前に、能力を扱えるようにならなければならないのである。

 通常、竜師は竜圧のコントロールを学んだ後、その竜圧を用いて能力の顕現を目指す。能力を顕現させられる者はほんの一握りで、ほとんどの者は出来ないまま一生を終える。能力を扱えるようになった者は竜圧と身体能力が飛躍的に向上し、一流の竜師として様々な栄誉を与えられることとなる。戦闘部隊『爪』の席に着くこともその一つだ。

 何かしら能力を顕現させることができ、扱うことができるなら、あとは名前を付けるだけでそれは唯一無二の『竜能』となる。


 クロはそのルールを知らなかった。

 だが自分の内にある能力についてはある程度認知していた。すでにその力を自由に使える段階まで訓練も積んでいる。実戦での使用は数えるほどしかないため、成功するかは分からない。が、やるしかない。


 ボンズが足元から岩を斬り抜き、空中に放り投げる。構えていたアルレリオがその岩をクロ目掛けて殴り付けた。

 爆発して粉々となった岩の欠片がクロを襲う。

 素早く横に跳んで避けるクロ。飛来する細かな欠片を両手で払いのけて行く。


 そして力を発動させる。

 クロの竜圧が高い純度で押し固められ、相手を包み込む。


「ぐっ」


「なにっ!」


 次の攻撃に移ろうとしていたボンズとアルレリオはその場で動けなくなる。


「この前使っておいて良かったな。イメージが定まりやすくなった」


 総合料理店『Bruto《ブルート》』にスピノールたちがやってきたとき、スピノールとアカが全力で戦う手前でクロはこの力を発動させている。その経験があったことで今回のスムーズな発動に繋がったのだ。


「おいやめろ! 今すぐ解除しろ!」


「するわけないだろ」


 緊張感の無いボンズにクロは呆れる。

 対照的にアルレリオは黙ったまま何とか抗おうとしていた。


「ぶっちゃけ領土がどうなろうが知ったことじゃないが、俺らの目的にお前らは邪魔だし仕方ないよな」


 そう言ってクロはすたすたと2人の元へと歩いていく。


「おい、おい! 何をする気だ。やめろ。やめておけ」


 今度はアルレリオが焦ったように声を上げた。

 クロは表情を変えることなく拳を振りかぶる。今度は爆発にも耐えられるように竜圧を全身に纏わせておく。そしてさらに拳に竜圧を集中させた。


「ぐううそおおお!」


 クロはアルレリオの顔面を拳でしっかりと殴り付けた。触れた瞬間に爆発が起こるが竜圧でそれを防ぐ。

 顔面が陥没してしまいそうになるほど威力は凄まじく、殴られた衝撃でアルレリオはその場から数十メートル後ろへとゴロゴロと吹っ飛ばされた。

 当然アルレリオの方も竜圧を纏ってガードしていたがクロの拳がそれを上回っていた。


「ははっ! あの野郎やられやがった!」


 たくましく味方の不幸を笑うボンズ。しかし本気で喜んでいるわけではないだろう。血の気の多いボンズらしいプライドの発露といったところか。そういう性格はクロも嫌いではない。だが容赦している余裕もないため、全力で殴らせてもらう。


「がはっ……」


 動けないままのボンズの腹を防具の上から力一杯殴り上げた。アルレリオより体格が良く竜圧も勝っているボンズには一切の手加減をしなかった。だがボンズは気絶するに留まっており、その頑丈さにクロは感心することになった。そして自分の未熟さにも。


(全力でも『そう』の3席、4席を殺せないか……)


 これから対峙していくだろう十六竜議会の面々のことを考えると爪席に手間取っているようではまだまだだ。

 今回の騒動が収まったら今度は本腰を入れて戦い方を学ばなければならないだろう。

 

 そうして、その場に崩れ落ちたボンズと吹っ飛ばしたアルレリオが気を失っていることをもう一度確認しクロはその場を後にした。



─────────────────────────



「え……あ~。マジか……」


 戦場で2つの竜圧が弱まったことを受け男は驚愕する。驚愕しているがその表情に緊張感は漂っていない。細目で無表情のその男は体をぐるぐる巻きにされ、木の枝からぶら下げられていた。


「たぶんクロだね。僕の相棒」


 枝の上に座るアカが嬉しそうに言った。


「そのクロ……とかいう人はそんなに強いんですか? 内の若手が2人もやられたみたいなんですけど」


 弱まった2つの竜圧は間違いなく『爪』3席と4席のものだった。その2人が同時にやられたとなるとそれはとんでもない異常事態であると断言できる。あの2人の相手を同時にしろと言われると自分でも嫌な顔をしてしまうだろう。勝てなくはないけど。勝てなくはないけど面倒くさい。勝てなくはないけど。

 そう考えると、そのクロという人物は2席である自分と同等かそれ以上の力を有していることになる。

 非常に面倒くさい状況だ。

 まあそれより今自分の置かれている状況の方が面倒くさいわけだが。


「これ……ほどいて頂くことは出来ますか?」


 懇切丁寧にアカに尋ねる。

 ここで敵を刺激してはいけない。


「ダメだよ。君は事が済むまでここにいてもらわなきゃ」


「くそが……」


 力なく毒を吐く。

 ずっと逆さまにされているから頭に血も上って来ている。まあそれは竜圧をコントロールすることで対処可能なのだが、ここはあえて悲壮感を出すために頭に血をためて顔を赤くしておこう。

 とりあえず何とかして腕の拘束を解かなければ。

 私の『竜能』はイメージを明確にするためのルーティーンが必要なのだ。縛られたままでは何もできない。


「あ、名前は?」


 頭に血を上らせている細目の男の様子を気にすることなくアカがいた。

 面白くなさそうな無表情のまま男は口を開く。


「……トマスです」


「トマスか、何席?」


「……2席ですが」


「2席か、強いね」


「何をおっしゃる。そんな私をぐるぐる巻きにしといて」


「まあ油断してたしね」


「それはそう」


 一通り問答を終えるとアカは何やらごそごそと懐を漁り始めた。


「何を?」


「何かお腹空いたなって思ってさ」


「……仮にも戦場なのに緊張感とか無いんですね」


「そういう君もだらしない顔して何もしてないじゃん」


 ぐるぐる巻きにされたトマス。『竜能』の発動には決まった動作をするルーティーンが必要であるが、今ぐるぐる巻かれている縄をほどくくらいは難なくできる。

 それを見越している様子のアカをトマスは無言で見つめた。


「目的は何です……?」


「あんまり被害は出したくないらしいからね。まあ僕は美味しいモノが食べられるならそれでいいんだけどさ」


 『美味しいモノが食べられるならそれでいい』。その言葉の裏にトマスは狂気を感じる。それは自分の目的さえ達成できるなら他はどうでも良いと暗に言っているかの如く聞こえてしまう。


 ブチブチッと縄を引きちぎりトマスは着地する。


「あらら」


「まあ……その。実は私もあんまり被害は出したくない派でして」


 無表情のままポリポリと頭をかく。


「さっきの今であれだけど私と組みません?」


 無表情だが至極真剣、という気迫でトマスはそう言い放った。


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