第19話 敵との均衡は2人によって傾いていく

 天井と壁に大きな穴が空いた謁見の間。そこを尻目に一同は応接間へと向かった。

 アカの要望で食事が用意されることとなった。


「メニューは簡素に『羊肉のソテー』と『カボチャのポタージュ』となっております」


 専属シェフに代わり、料理を受け取ったスピノールが説明した。

 料理名が読み上げられた瞬間、心なしかアルドレアの表情が明るくなったのをアカとクロは見逃さなかった。この2つのメニューは彼女のお気に入りなのかもしれない。


「では早速、食事をしながら作戦会議といきましょう」


 食事の用意が整うと4人を中心に作戦会議が始まった。


「まずは現状の確認だな。敵の戦力はどの程度だ?」


 羊肉を頬張りながらクロが切り出す。アカはクロ以上に夢中で料理を楽しんでいるためクロが積極的に話を進めなければならなかった。

 答えたのはアルドレアで、こちらも同様に羊肉を口いっぱいに頬張っていた。


「オルイダ地方にガレス領の一部がある。そこに今2つの勢力が侵攻してきている。1つがパロイデン軍を率いた第6翼のパロミデス・アロン。そしてもう1つが未確認の亜人集団だ」


「未確認?」


「今までに観測したことの無い種族とドラゴンの軍勢だ。おそらくだがが後ろ楯になっていると現状考えている」


 口にはしていないが、「誰かしら」というのは十六竜議会の誰かという意味だろう。


「どう持ちこたえてる?」


「うちの第二席が指揮をとって膠着状態を保っています」


 スピノールがナイフを置いて口元を拭いた。「うちの」とはアルドレア直属の戦闘部隊『そう』のことである。スピノールが爪筆頭でフーリエが第三席に就いている。スカラーはスピノールの部下という扱いとして席からは外れた位置にいるらしい。


「ガレス殿の第7翼陣営の『爪』から共同防衛の申し出があり、それを我々が受理しました。予定通りに共同で領土防衛に当たっています。しかし、数では圧倒的に不利ですので今すぐにでも現地に飛んでいきたいところなのです」


 領内にアカとクロという未知の勢力が現れたことで、アルドレアを含めた第11翼陣営は戦線を一時離脱し人間界に戻って来ざるを得なかったというわけだ。それが結果として戦力を増やすことに繋がった。臨時的な協定だが、アルドレア陣営にとっては救いであった。

 しかもガレスと関わりのある者達。利害も一致している。それを再確認するべくスピノールが契約の内容を要約して話す。


「我々の目的はガレス領の防衛と敵2陣営の撃退。アカ様とクロ様の目的はそのガレス領にある一部結界地帯における自由行動の許可。アカ様とクロ様の目的を達するには今我々が抱えている問題を解決しなければならない。そのために協力すると契約を持って確約なされました。我々としてはお二方ふたかたには敵2陣営の内、亜人集団で構成されている南東方面を担当していただきたいと考えていますが、いかがですか?」


「うん、それでいいよ。亜人相手なら多少手荒にやっても大丈夫そうだ」


 いつの間にかスープまで飲み干していたアカが答えた。



「第6翼のパロミデスのやり口は分かっている。私がパロミデスの方に全力を注げるというのはかなり助かる。して、アカよ。料理の方はどうであった?」


 唐突にアルドレアが話題を料理の方へと移した。それに対してアカは「よし来た」とばかりに上機嫌に答えた。

 

「かなり美味かったよ。良い料理人がいるね。またここに来たら食べさせてもらえるのかな」


「ふっ、いいだろう。だが食材の調達がこれから難航しそうでな。何しろこの羊とカボチャはオルイダ地方からの輸入物だ。ガレス領であるオルイダがこのまま攻め墜とされれば二度と食えなくなるかもしれんな」


「あー、それは困るね」


 軽口で終わらせるつもりが、かなり重要な情報をアルドレアが口にした。

 アカにとって「食」はなによりも重要なものである。食後にこの情報を与えたのは計算の内か、とアカはスピノールの方を見る。スピノールは黙って首を振り肩をすくめていた。


(曲者揃いだなまったく……)


「それじゃあそろそろ本腰を入れようか。僕達にとって今回の戦いは今の情報のせいでより重要度が増してしまった」


 アカの言葉にクロも頷いた。


「すぐにでも現地に向かいたい。敵の動きも見ておきたいしな。っとその前に、俺は直接契約してないがその辺は大丈夫なのか?」


「ああ、アカが交わした契約だけで問題ない。もし先程の侵入時に敵意があった場合、今頃は2人とも力を制限されているはずだ。それがないということはそういうことだ。安心してよい」


 そう言ってアルドレアは席を立った。


「総員出発の準備に取り掛かれ!」


「はっ」とその場にいた全員が勢いよく動き出す。


「スピノール、お前はここに残りこちらの問題を解決しておけ。任せたぞ」


「はっ、かしこまりました」


 スピノールはひざまずき頭を下げる。

 

「アカとクロ。貴様らも我らと共に陣に入るがよい。私の力の一端を見せてやろう」


 良く分からないが、2人は素直にアルドレアに従って着いていく。

 一同が訪れたのは謁見の間だった。

 謁見の間中央にはなにやら円上に文字や記号が並んだものが描かれていた。


「これが陣?」


「そうだ。ここに私の竜威りゅういを込めれば現地に飛べるようになっている。いわゆる転移というやつだ。これは結界術の応用なのだが調整が難しくてな。限られた者にしか使えん。貴様らならばもしかすると使えるようになるかもしれぬな」


 軽く笑ってアルドレアは陣に手を置いた。そこから滲み出るように竜威が陣を伝わっていく。目で見て分かるほどに陣が輝きだした。


「これ、竜威っていうのか」


 アカがボソッと呟く。


「なんだ、知らないで使っていたのか?」


 アルドレアが驚き少し目を見開く。


「俺もその名称は初めて聞く。これが竜威というものであることは知らなかった」


 そう言ってクロは右手から竜気を少し垂れ流して見せた。

 知らずに力を使いこなしていたという事実を知り、アルドレアはただ笑うことしかできなかった。だがそのいい加減さがアルドレアの思い出にあるの姿を思い出させた。


「ふっ、いいだろう。この戦が片付いたら少し教えてやろう。竜気の使い方とその有用性についてな」

 

 いつ振りであろうか。アルドレアの顔には久しく誰にも見せる事のなかった笑顔が浮かんでいた。


「さあ、飛ぶぞ。敵に気付かれることはないとは思うが、転移直後の奇襲に用心しておけ」


 陣が光を増し、一同を包む。そして穴の空いた天井向けて光の柱が飛び出していった。

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