第18話 クロの怒り
クロは目の前の惨状に、拳を静かに震わせていた。
「ここまで、腐ってやがるのか……!」
ギリっと歯を食いしばる音が隣にいるロバートにまで聞こえてくる。
ロバートにはこれからクロが何をしようとしているのか分かっていた。それがとてつもなくまずい状況に繋がる事であることも分かっていた。それでも、止めるつもりはなかった。ロバートも、クロと同じ感情を抱いていたからだ。
人だかりをかき分け、クロはそれに近づいて行く。
近づくほどに臭いが濃くなっていく。腐敗はそれほど進んでない。死亡してから時間が経っていない証拠でもある。だが遺体の惨状は腐敗を加速させている。それだけ執拗に痛め付けられていた。
数日前、クロとロバートが食事をしていたときに路上で叫んでいた老人。若い警備隊員にリンチを受けていたところをクロが止めに入り、その後ベテランと思わしき隊員に引き渡し連行された人物。
その亡骸が、見せしめか、あるいは
宗教に優劣はない。老人が信仰していた「竜神教」も、国や地域によっては邪教にも正教にもなり得る。それこそ十六竜議会の一部にはそれを正教としている派閥もある。
「これは……やりすぎだ……」
クロは凄惨な遺体を拘束から解き、地面にゆっくりと寝かせると羽織っていた上着を被せてやる。
「クロ、俺はお前を止めない。だが立場上これ以上は手を貸してやれない。ただ、遺体のことは俺に任せておけ。丁重に弔ってやる」
それを聞くとクロは立ち上がり、その場を後にする。もう誰にも彼は止められない。
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「……クロく~ん?」
打ち合わせと違うんじゃない?とアカが微妙にひきつった笑顔で問いかける。
「帰るぞアカ。状況が変わった」
瓦礫の上からそう呼び掛け、クロが引き連れてきた何者か3名が、うめき声を上げてその場から転がり落とされる。3名はボロボロに痛め付けられていた。
「何者だ、貴様!」
駆けつけた竜師の1人が刀を向けるが、クロはその者を無視し周囲を見回す。
「これはこれはクロ様、この者達がいかがなされたのでしょうか?」
状況を探るべくスピノールが前に出る。
「こいつらは警備隊法に違反した隊員達だ。逮捕者への拷問及び殺人。116番隊はお前らの管轄だろう、どう責任を取るつもりだ」
いきなりそう言われても思い当たる節は無く、それよりもクロがここに侵入してきていることの方が重大だった。
「アカ、説明しろ」
やり取りを見ていたアルドレアは、この人物がアカとの契約にあった、もう一人の協力者の「クロ」であることを悟っていた。だが、協力すると誓った
「いやあ、えーと、うーん。まあ、そこに転がっている人達に聞くのが早いのでは?」
クロのやりたいことは大体分かってきている。
クロは怒ってはいるが、全てを投げ出してまで怒りを発露するようなタイプではない。その怒りにも何かしらの意味があるのだ。
「先程耳にしましたが、違反したというのは事実ですか? 拷問と殺人を犯したのですか?」
アカの提案を飲み、スピノールが警備隊員に問いかける。
「し、知りません! 急にこいつが襲ってきて……」
ベテランの隊員がこいつ、とクロを指差した。
しかし、スピノールは発言が嘘であることをすぐに見抜く。
「本当のことを言うつもりはありませんか?」
「ほ、本当も何もこいつがいきなり……」
「この者達を連行しなさい。それから管轄の全警備隊に調査をかけなさい」
とんとん拍子に話が進んでいく。竜師達はスピノールの命令に素早く応じ、警備隊員たちはボロボロの体のまま引きずられて行く。まだ何かを叫んでいたが容赦はなかった。
「私の前で嘘をつくなど。愚かな事です」
まったく、と肩をすくめて見せるスピノール。
状況は未だ混沌としているがアルドレアはそれでも落ち着いていた。
アカとクロの両名が裏切った、あるいは協力を反故にした場合、契約に基づき両名にペナルティが与えられることとなっている。それはアルドレア陣営であっても同様に作用するものであり、今回の契約においては『竜証の剥奪』がそれにあたる。『竜証』はこの世界において、力の根元となる1つの要素であった。しかし、今はまだペナルティは執行されていない。
それは、契約がまだ続いている証拠であった。
だからこそアルドレアは冷静さを保っていられた。クロが敵意を持って襲ってきた訳ではないことがすぐに分かったから。
「アカよ、私を試したのか?」
「いやまさか」
「試したのは俺だ」
アルドレアとアカの間に割って口を挟むクロ。
敵意は無いが、いささか態度が悪かった。周囲の竜師達は皆殺気立っている。
「クロと言ったな。そこの壁をどうするつもりなのだ。私の城に穴を空けた罪をどう償う?」
不遜な態度でクロを見下そうとしたアルドレア。この世の頂点の一角として、当然と言えば当然な態度なのだがクロにそれは関係がなかった。
「そういう軽口は自分の組織をちゃんと管理できるようになってから言え」
「なっ……!」
ピシャリ、とアルドレアを黙らせる。
スピノールは頭を抱え、スカラーは殺気を倍増させ、フーリエは陰で笑っていた。
「これから俺達がやるのは命をかけた戦いだろ? あっちでは今も戦いの最中のはずだ。警備隊すら掌握できないならさっさとその座を降りたらどうだ!」
「貴様……!」
「はい、そこまで」
一触即発の空気にさすがのフーリエも笑えなくなっていたところで、パンッ、と手を打ってアカが割り込む。
「これ以上口喧嘩してもしょうがない。建設的な話を進めよう」
熱くなっていたことを認め、深呼吸をしてアルドレアは頷く。クロもアルドレアの人となりを十分確認し終えたところだったので素直に引き下がった。
「警備隊にネズミが紛れ込んでいることは把握していなかったのか?」
一息ついたところでクロがスピノールに問いかける。
「申し訳ありませんが、それどころではなかったものですので……」
「竜界でゴタゴタやってるうちにこっちで根回しされちゃったってわけね」
アカがふむふむと頷く。
「ええ、人員も限られていますので。それに警備隊は半独立的に機能していますし、定期的な異動もありますので全てを管理するのはなかなか難しいのが現状です」
「でもそのまま放置するとこれから不味いことになるぞ」
クロが切り出す。
「今回殺されたのは「竜神教」の信者だ。宗教上のいざこざは常にあっただろうが、「穏健派」で通してる11翼管轄の警備隊に殺されたとなれば「竜派」の連中も出てくる可能性が高い。いや、そうなるように仕組まれていたようにも思える」
「そうなると少々厄介だな……」
アルドレアも表情を曇らせる。
「俺が懸念してるのはそこだ。『竜界』の今の状況を教えてくれ」
「それについては奥で話しましょう。ここは少し埃っぽいですから」
スピノールが応接間に移動するように促した。新しい穴が空いてしまったこの場所では安心して話を続けることが出来ないだろうという気遣いからだ。クロの侵入により結界も張り直さなければならないかもしれない上に物理的にも侵入しやすくなっている。
「それじゃあそっちで仕切り直すとして、何か食べるものあるかな? ちょっとお腹空いてきちゃった」
どんな状況でもアカは無邪気に食欲に従う。
「分かりました。すぐにうちの料理人達に用意させましょう。3人分でよろしいですか?」
スピノールが指を3つ立てる。アカは首を横に振った。
「4人分。君も食べておいた方がいいよ」
「ふっ、ではありがたく」
スピノールは久しぶりに自然と笑ったような気がした。
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