第20話 協力と信用

 アルドレアが込めた竜気によって陣が光に包まれると、それは光の柱となった。光の柱は天井に空いた穴目掛けて収束し、飛ぶように消えていった。



 光が目の前を包むとその光はすぐに拡散し消えていく。

 アルドレア、アカ、クロ、フーリエ、スカラー、他竜師数名。スピノールは竜議城にて組織の正常化を計るために留守番であり、それ以外の一同が一瞬にして移動した。そこは山中にある軍司令本部の天幕であった。


「軍とは名ばかりだがな」とアルドレアが付け足して説明した。


「今の光みたいなやつ、敵に見つかるってことはないの?」


 アカは純粋な疑問を持つ。陣を囲む光は出発時と同様、到着時にも発せられていた。発光が可視光線であるならば敵に観測されていた可能性もある。


「心配は無用だ。転移陣には探知阻害と不可視化の術印が施されている。これも竜気による応用だが、竜気を扱える者でも得意不得意はあるからな。誰もが使えるわけではない。私だからできることだ」


 自慢に聞こえてしまうかもしれない内容だが、アルドレアの言葉は事実であった。そして事実だからこそアルドレアはその事を気にも留めない。


「アルドレア様! まったくどこに行ってらっしゃっていたのですか、こっちは本当に大変な状況だったのに急にいなくなられるものですからこちらはその対応に追われて3日も満足に寝れずに戦い続けてそれはもうどうしようもないくらい疲れて──」


「苦労をかけたなクラメル」


「ありがたきお言葉。全ての疲れが吹っ飛びました」


 天幕に着くやいなや、まくし立てるように喋る男。それまで疲労心労で腐れたような表情をしていたその男は、アルドレアが労いの言葉をかけた瞬間、シャキリと姿勢を正した。背筋が伸びるとかなりの長身であることが分かる。長身で細身、見た目は若いが疲れているためか少し老けて見える。目元にクマが出来ているのは本人が言う様に3日ほど寝ていないからだろうか。ぬらりと伸びた指がアカとクロの方を指した。


「あー、この前のあれのあれで、あーそういうことですね!」


 勝手に何かに納得した素振りを見せる。アルドレアの直属部隊『そう』、その第二席であり、アルドレア不在の中での指揮を任されていたことからも相当優秀なのだろうとうかがえる。


「どんな様子だ?」


 アルドレアは慣れた様子でクラメルをあしらい、状況を問う。


「現況は已然いぜん変わらず膠着状態、と言いたい所ですがちょっと亜人軍の方の動きが活発になってきましてね。今はそちらに戦力を回さざるを得なくなっています。当然、パロイデン軍の方が手薄になってしまってますが、そこは私の『竜能のうりょく』で何とか誤魔化してます」


「一刻も惜しいな。アカ、クロ、早速だが亜人軍が陣取っている南東に向かってくれ。やり方はお前たちに任せる。フーリエ、お前がそっちの指揮を執れ。私はパロイデンの方に向かう」


「はっ」


 アルドレアは大手を振って指示を出し、フーリエはひざまずいてそれを受け取った。


「ちょっと待て、確認したい。最終目標はどこに設定している?」


 移動しようとしていたアルドレアを引き止めるクロ。


「敵勢力の撤退だ。現状はまずそれでいい。これ以上長引くようであればからも横槍を入れられかねん」


「分かった。こちらも敵勢力の撤退を目標に動こう」



───────────────────


「アルドレア様」


 背後から声がかかる。振り返ると神妙な面持ちをしたスカラーがそこで跪いていた。


「あの者達をどうなさるおつもりですか?」


 結界を発動させて傍聴対策をした上で、静かに問いかけて来た。

 スカラーが言う「あの者達」とはアカとクロの事だろう。スカラーの思惑には以前から気付いていた。そしてそれは私のことを重んじてのことであり、当然のことである。むしろスピノールやフーリエのように、アカやクロと親しくしようとしている方が不自然なことなのだ。

 スカラーはスピノールに心酔している。そのスピノールが私の知らぬところで何やら色々と動いているようであり、そのことを気にかけているのだろう。


「お前の心配は最もだ。だが安心しろ、奴らのことは何も信用しておらん。少しばかり力を持っているようだから、それを利用しようというまでのこと。この戦いが終わったのち、邪魔になるようならば始末してしまえば良い」


 現状、契約によって裏切り行為は制限されている。今回の戦いが終わるまでは懐に入れておいても何も問題はない。奴らが何を目的にしているか、そんなものはどうでも良い。これは私の戦いなのだ。利用できるものは利用し、その後に障害となるようならば排除するまで。


「それを聞いて安心しました」


「フーリエにもその旨は伝えてある。奴ならば上手くやってくれるだろう」



───────────────────



 フーリエは笑顔を崩さない。どんな状況であろうとも笑顔のまま冷静に仕事を遂行する。

 笑顔でいる理由は単に楽しいからである。

 状況によっては真顔にだってなれるし、泣き顔を作ることだってできる。だがこの世界は楽しいことでいっぱいなのだ。笑って過ごして何が悪い。それがフーリエという男だった。


 今もこうして、とてもスリリングで楽しい仕事に就けていることに喜びを感じている。

 十六竜議会の一翼であるアルドレア様に仕えてから初めての経験。十六竜議会同士の戦争。わくわくが止まらない。戦いに楽しさを見出すなんて不謹慎だと言われればそうなんだろうけど、関係ないよね。この世の頂点同士の衝突だ。何が起こるか、なんて誰にも予想できないことだよ。でもある程度の推測はできるよね。他の十六竜議会の面々とは幾度も顔を合わせているし。仮にも議会だからね。いろいろとそういう機会も多いんだよね。

 だから誰がどのくらい強いとか、どこの組織がヤバいとか、そういうのも大体理解できるんだよね。もちろんアルドレア様もかなり強い。僕なんかが束になっても意味なんかないくらいにね。でも他の翼の方々も大概そうなんだよね。次元が違うんだよね。

 

「そろそろ見えてくる頃です」


 フーリエはアカとクロを先導して森を駆けていた。転移陣を使えばすぐに現地に飛べたのだが、クロが「周辺の地形を含めて状況を目で確かめておきたい」と言うので仕方なく走ることにしたのだ。


 森を抜ける手前で速度を落とし、フーリエは足を止める。

 それに合わせてアカとクロもゆるりと静止し、そこから遅れるように竜師数名も足を止めた。竜師達は若干息が上がっている。


(かなり飛ばしてみたのですが……)


「お2人はまだまだ余裕そうですね」


「このくらいならいつも走ってるからね」


 アカが答える。


「うちの者達は付いてくるのがやっとのようです。鍛え直さなければならなそうですね」


「いや、この速度に付いてこれるなら十分だろう。で単独行動するならば別だが」


「それはありませんね。『竜界』での単独行動が許されるのは1級以上からですので」


「まあそうだな」


 ところで、とクロが話題を切り替える。


「かなり強いのが何人かいるな。であるかは分からんがな」


「そうですね。4、いや、5人……ですか?」


「いや、6だね」


 フーリエの推察をアカが訂正する。


「かなり濃いのに隠れて、変なのがいる。あれの相手は僕がするよ」

 

 アカが短刀を抜く。

 こちらの動向はまだ気付かれていない。

 仕掛けるならば気付かれる前の今なのだが、何せ今回は防衛戦というのがこちらの大義名分である。あまりこちらから派手な攻勢を仕掛けるわけにはいかない。


「敵を視認したいな。もう少し近づけるか?」


「分かりました。アカさんとクロさんだけ付いてきてください。他の人はここで待機です」


 フーリエが指示を出し、再び移動を開始する。アカは短刀をしまってからフーリエの後を追った。


 先を走るフーリエは愉悦の表情を浮かべていた。この先、どちらにせよ戦いは避けられない。その中で、アカとクロ、2人の実力を遺憾なく見学できる。

 フーリエの見立てとして、2人はアルドレアよりも弱い。だが謁見の間で見せたアカの竜圧、それから竜議城の壁に穴を空けたクロの膂力りょりょく。それらは間違いなく実力者であることを語るに足るものだった。

 だからこそあの場では「逃げ」を選択した。本気のアルドレアと本気のアカが衝突したら本当にあの場は甚大な被害を受けていただろう。互いにその気が無かったから良かったものの、フーリエとしてはかなり冷や汗ものだった。ついでにその後スピノールにそれを追求されたことも思い出し、再び冷や汗をかく。


(これはある程度僕も成果を持ち帰らないとまずいかなあ)


 完全に森を抜け、丘に出た3人は速度を落として丘の頂上へと向かった。そしてそこから辺りの景色を眺める。

 丘の下正面。そこに敵の軍勢が陣を築いていた。こちらの存在はまだ気取られてはいないようだった。


「こんな開けた場所に……」


 というのがクロが抱いた違和感。その答えはフーリエが持っていた。


「我々はあれを囮であると考えてます」


「囮か」


「はい。何度か突っついてみましたがある程度の距離が開くとそれ以上追ってこなくなるんです」


「亜人っていうのはあそこにいるドローム達のこと?」


 アカがしゃがんで丘の下を覗き込み、二本足で立つ亜人を指して言った。手足と同じぐらい首が長く、歯が剥き出しになっている。


「ドローム? あの軍勢の種族をご存知なのですか」


「まあね、でも生物関連は僕よりもクロの方が詳しいよ。僕はドラゴン専門」


 さて、とアカは立ち上がった。


「上にはカイマンドラゴンとその背中にドロームが騎乗してる。あれは僕がやるよ。そのあとさっきの奴をやりに行く。僕らの扱いは11翼陣営ではあるけど正規の人間じゃないからこっちから仕掛けて後から何か言われてもどうにかなると思うけど、どうする」


「そうですね。ここまで来たら任せます。存分に力を発揮してください。我々は利害が一致しているということで協力関係にありますが、僕個人としては単純に貴方方への興味の方が強いんですよ」


 笑顔でフーリエは続ける。


「スピノールさんも何だか御2人に入れ込んでいるようですし、何か面倒事があったら僕とスピノールさんで何とかしますよ」


 力強い後押しである。


「そう、助かるよ」


 これで心置きなくれる、とアカは颯爽と空中に飛翔していく。

 残されたフーリエは大口を開けて笑った。


「飛んだ! 飛びましたよあの人!」


 誰に言うでもなく、1人で興奮していた。横にいるクロのことも忘れて。


「アカが動いた。俺たちもやることをやるぞ」


「そうですね、分かりました」


 クロに声をかけられフーリエも現実に戻ってくる。


「我々は下を片付けましょう。あえて囮に引っかかりに行って強いやつをおびき出しましょう」


「了解だ」


 そして2人は当たり前のように丘を飛び降りた。

 


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