第12話 最強で最高の料理人


「『料理人』……ですか」


 その言葉を聞いてスピノールは目を細めた。赤髪の男の立ち姿はお世辞にも上品とは言えない。間違いなく庶民の出である。

 一流の料理人とは、王族や高級の竜師に代々仕えるような家柄で、尚且つ幼少期からの徹底した料理教育を施され、そして王宮や高級宿、高級の竜師が住まう都市で料理を振舞う者達のことを言う。

 このような辺鄙へんぴな場所にいる者など料理人として二流以下であると断言できる。流通する食材も、食べにくる客も、賃金も、全てが二流以下。二流以下の料理人となど話す気すらせてしまう。そう、本来ならば。

 目の前にいる赤髪の男をもう一度値踏みする。この男が一流か二流か、それと料理人であるかどうかもこの際どうでも良い。肌身で感じるのは明らかに桁が違った生物としての強さ。

 目の前にして疑惑は確信に変わる。この男こそが探していた人物であると。


「……名前を、聞いておきましょうか」


「僕の名前はアカ。君の名前はさっき裏で聞かせてもらったよスピノール」


「そうですか。…………『竜証保持者ドラゴンホルダー』というものを聞いたことは?」


 スピノールは唐突にその言葉を口にした。それに対してアカは顎を少し上げて反応して見せる。


「どうやら初めて聞く言葉ではないようですね。どこでこの言葉を?」


「んー、知り合いからね。最初は僕もよく分からなかったけど。まあ、それを聞いて納得したよね色々と」


 これで間違いない。

 アカというこの男は『竜証保持者ドラゴンホルダー』である。問題はさらに大きくなったが、既に起こってしまったことは仕方がないと割り切るしかなかった。


「無抵抗で投降していただくことはできませんか? 奥にいらっしゃる方と共に。出来るだけ丁重に扱うように私も尽力しますので」


 まずは投降を促した。

 スピノールとしては出来るだけアカとは戦いたくない。しかも気配からして店の奥にはもう一人。このアカと同等の実力を持つであろう何者かがいる。全面的な戦闘になれば自分もただでは済まないだろう。

 だがアカはすぐに投降を否定した。


「投降はできないね。場合によってはそうしても良かったんだけど、僕らの計画がだいぶ遅れてしまいそうだから却下」


「……そうですか」


「それに、僕も久々に対人戦闘ってのをしておきたいだよね。これからの事を考えるとどうしても必要になってくるだろうから。殺さない戦い方ってのが」


 そう言ってアカは笑った。

 殺さない戦い方、それをスピノールで試そうという。完全になめられているなとスピノールは笑った。


「どうやら私をずいぶんとあなどっているようですね」


「まあ、どの程度できるかは見れば分かるし、分かった上で侮ってるよ」


「少々不快ですね。『竜証保持者ドラゴンホルダー』であるでは、私を越えられないということを教えてあげましょう」


 そう言い残してスピノールは視界から消えた。同時にアカもその場から消え去る。

 残されたテーブルとスカラーは互いに顔を見合わせる。テーブルとスカラーの実力では2人の動きを目で追えていなかった。しかしその直後、スピノールとアカの衝突が形となって現れる。


 “ガッッシャーン”と店内の窓ガラスが全て割れる。


「ああ! 俺の店がぁ!!」


 テーブルの悲痛な叫びを他所よそにスピノールとアカは店内で衝突を繰り返す。

 スピノールの右蹴りをアカが左腕で受け止め──


「ああ! 俺の照明がぁ!!」


 アカが繰り出した右拳をスピノールが左腕で受け止め──


「ああ! 俺のドアがぁ!!」


 二人が衝突する度に起こる衝撃波が攻撃の重さを現した。

 そして決着の時が訪れた。


 さらに二回衝撃波が伝わった後、食事卓が重なっていた場所に盛大にどちらかが吹っ飛んだ。見るとそこにはスピノールが反対向きになって転がっていた。それにはテーブルもスカラーも口をあんぐりと開けて驚いてしまう。


「ふう、やっぱり素で戦うのは疲れる」


 スッ、とアカがひらけた店の真ん中に降り立った。


「はてさて、これは想像以上」


 転がされたスピノールはその体勢のままゆっくりとそう口にした。


「これはいけませんね」


 パタパタと軍服に付いた木くずをはらきながらスピノールは立ち上がった。そしてアカの方に向き直り、両足を肩幅に開いてガッチリと床に体重を落とした。


「どうやら侮っていたのは私も同じようです。本気でいきます」


 スピノールの周囲が異様な空気に包まれる。さらに、床に散らばっていた木くずがガタガタと振動し始めた。


「へえ。さっきのままなら僕の勝ちは揺るがなかったけど、は少し面白そうだ」


 スピノール同様、アカも周囲に異様な空気を垂れ流し始める。目には見えないその空気に、近づいてはならないと本能が警鐘を鳴らす。

 突如としてスピノールの顔面に紋様が浮かぶ。それは首下から額に向けて龍が昇るが如く、スピノールの顔面をなぞって現れた。それに対してアカは腰に携えていたサーベルを抜く。するとアカの周囲を漂っていた空気がサーベルに吸い込まれるように集中した。

 それを見ていたテーブルとスカラーは同時に思った。

 このまま衝突すればこの店どころか町ごと吹き飛んでしまう、と。

 だがテーブルとスカラーに2人を止められるだけの力はなかった。今の2人の力は想像を絶する程に高まっている。覚悟を決めるしかない。そう腹をくくったその矢先。


「そこまでだ」


 それが聞こえた瞬間、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。いや、止められたと言うのが正解だ。

 

「ぐっ、なに……?」


 指先一つ動かせない状態に、スピノール達は焦った。何が起きているのかまるで分からない。何も知らされていないテーブルもスピノール達と一緒に焦っている。その中でアカだけが妙に落ち着いていた。アカには今の状況を作った犯人が分かっているからだ。


「ドンネルごと壊滅させる気か」


「クロくーん。冗談だって」


「いーや、絶対そのまま戦うつもりだった。俺には分かる。絶対にだ」


 店の奥から出てきたクロは近くの椅子を引いて座った。クロの言うドンネルとはこの店が立っている周辺を含めた町の名前だ。

 テーブルはこの動けなくなっている状況がクロによるものであることを理解し、ほっと胸をなでおろす。しかしスピノール達からするとピンチに変わりはなかった。


(ここでもう1人が出てきてしまいましたか……。これはどうしたものか)


 目標である人物がここに揃ったのは喜ばしいことだが、状況が悪すぎた。この場にいる全員が強制的に停止されている中でクロという男だけが自由に動き回ることができている。つまりあの男がその気ならば、この場にいる全員を殺すこともできるということ。


「安心しろ。殺しはしない」


 スピノールの思考を見透かすようにクロが言った。


「攻撃もしないし、精神干渉もしない。信じないだろうが、それでいい。まあ、それができる状況ということは理解しておいてもらおうか」


 笑みを浮かべていて一種のフレンドリーさが垣間見えるアカに比べ、このクロという男からは冷徹な印象を強く受ける。攻撃をしないとは言ったがその後に続けた「それができる状況」というのも事実であり、前部の言葉のみを信じろというのは無理な話だ。


「あなた方の目的は何ですか?」


「まずはお前らの目的を話したらどうだ? 勝手に後を着けて、勝手に人様の店をぶっ壊してるわけだから謝罪が先かもな。そこらへんはどう思う? 『爪』筆頭のスピノール」


 まくし立てるクロの圧力にスピノールは息詰まってしまう。それを見ていたスカラーは、初めて目撃する上司の気圧された姿に表情を凍らせた。それだけ『やばい』状況であるとそこで改めて思い知ったのだった。


「そ、それは申し訳ありませんでした。こちらにもやむにやまれぬ事情があったもので、そこは考慮していただけると助かりますが……」


「ふっ、気にするな、謝罪の必要はない。冗談だ」


「クロく~ん?」


 人の冗談を怒ったくせに、その怒った張本人は真顔で冗談を言った。アカは声を上げて抗議する。しかしクロはその弱弱しい抗議を無視して続ける。


「まずは計画通りに動いてくれたことに感謝する。お前らがここに来るように俺達が仕組んだんだ。第一目標がお前に接触することだったからな」


 クロがスピノールを指す。スピノールとスカラーは目を見開いて驚いた。虚偽の可能性もあるが、今の状況を考えると全て仕組まれていたと言われても信じてしまいたくなる。


「私を目標にしていた理由をお聞かせ願えますか?」


「第二目標に繋がるためだ」


「第二目標とは……?」


「お前の上司との面会」


 クロはさらっとそう口にした。


「なに……」


 その発言を聞き、スピノールの口調が乱れる。動揺が隠せていないことに気付いたスピノールは一呼吸おいた後、冷静さを保つように努めた。


「それはアルドレア様のことですか?」


「そうだ」


 そこでスピノールの思考が一瞬止まってしまう。相手の意図が一向に理解できなかった。十六竜議会の一翼に接触しようなどあまりにも無謀だ。一般人はおろか、2級竜師ですら謁見することをほとんど許されない。複数の国や地域を頻繁に行き来している上、『竜界りゅうかい』にいることも多い。重要な案件、それこそ同等の十六竜議会の一翼による召集でないと呼び出すことなど到底不可能である。そのレベルの存在なのだ。


「こんなことをしてもアルドレア様に会うことなどできませんよ」


「自分の直属部隊『そう』の筆頭と第二席が人質になっているこの状況でも異常と捉えないようなら、まあそうかもな」


 スピノールは押し黙った。クロが言うように、アルドレア様に会うという目的に対して自分とスカラーは、今の状況からすると人質というカードになる。明らかに異常事態であり、これが表沙汰になれば世界的な問題になることも間違いないだろう。


「まあ冗談だ」


「クロく~ん……」


 呆れたようにアカがツッコミを入れる。そしてその瞬間、全員の拘束が解けた。その隙を逃さずスピノールは再び臨戦態勢に入ろうとする。しかし、すぐに構えた拳を下げることになった。アカとクロには明らかに敵対する意思が無かったのだ。

 テーブルに至っては拘束が解けた瞬間に力の入れ場所を間違えたのか、吹き飛んだ壁の隙間から外へ転がり落ちている始末だ。緊張しきっていた空気が緩和していく。


「まずは話合いがしたい。拘束は解いた。さっきも言ったがこちらに敵対する意思はない」


 クロは完全に有利を取っていた状況を捨てて話し合いというステージを用意した。あのままであったら負け確定であったスピノール側は、このステージに乗る以外に道はなかった。「逃げる」ということも手段としてはあるのだが、相手が見せた誠意に対してそれをやってしまうと、次は本気のり合いになってしまう。そうなるとさっきのように、拘束され一方的に殺されるという可能性もある。クロが登場した瞬間から、逃げるという選択肢を潰すための布石がすでに打たれていたのである。


「いいでしょう。話し合いに応じましょう」


 何より断る理由がなかった。スピノールの目的もこの2人なのだから。


「ここでよろしいですか?」


 スピノールは近場にあった椅子を手繰り寄せるとそれに座った。


「あ、ちょっと待ってね」


 スピノールが座ったのを見てアカは壁の穴の方へと向かった。


「テーブル。いつまでそこでそうしてるの? 準備するよ」


「へ、へい。分かりました……」


 アカの顔には珍しく笑みが浮かんでいなかった。気付かれないように逃げようとしていたテーブルは、急な仕事モードのアカに肝を冷やした。そして今後はアカがいない時だけさぼろうと心に決めた。

 草むらから起き上がったテーブルはそそくさと店内に移動すると、店端から食事卓を引っ張ってきて、スピノールの前に置いた。


「何をしているのです?」


 話し合いや会議をする際、椅子とテーブルがあるのは普通ではあるが、別になくても今回の場合は問題ない。スピノールには、テーブルがテーブルをわざわざひっ張り出してくる理由が分からなかった。


「もー、嫌だなあお客さん」


 ふざけた口調でアカが言う。見ると顔もふざけている。子どもの時に屋敷にいたお節介な使用人の顔がスピノールの脳裏に浮かんだ。その幻影に顔をしかめながら振り払い、再びアカを見るとその影はもう無くなっていた。気のせいか。


「ここは料理店ですよ。話合い以前に料理が無けりゃ始まらないでしょ」


 当たり前でしょ、という調子でアカが言った。

 よく分からない方向に事態が転がっていっている、とスピノール達はきょとんとしてしまう。

 そんな様子もお構いなしにアカはニヤリと不敵に笑った。


「言ってなかった? 僕らは料理人なんだよ。それも最高のね」

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