第10話 『Bruto』に侵入者 気だるそうに店主は迎え撃つ


 部下であるスカラーからの報告を受け、スピノールは竜門所を後にし、ドンネル市場いちばへと向かった。

 スカラーの報告によるとその町市場まちいちばは昨日、数年振りに2等級のドラゴンがおろされたことで祭がもよおされているらしい。スピノールからすれば2等ドラゴン程度はいつもの食事に使われるドラゴン肉の最低ラインでありとても身近なドラゴンだ。

 そのレベルのドラゴンで祭を開催するとは。

 スピノールは民衆の物の知らなさにため息を吐く。

 しかし内心はその態度とは裏腹に、少し焦っていた。

 自らのあるじが座する場所で不穏分子がうごめいているのだ。まだ懸念の段階ではあるが、このまま放置し事態が悪化したならそれは主の手足として働くスピノールの失態であり、主の顔に泥を塗ることになる。

 それだけは避けなければならない。


「状況は」


「はっ! この市場の責任者と、ドラゴンを卸したという竜師を拘束しました。双方とも何ら情報は持ち合わせていないようです。ただ──」


 スカラーはフードを被ったまま表情を曇らせる。


「──が使用された記録があります。しかも未登録のものでした」


「そうですか……」




 『念話ねんわ』。


 それは十六竜議会が所有する「結界」の技術を応用し開発された情報伝達手段である。伝えたいことを頭で組み立て、結界術を通じて相手に繋げる。そうすることで遠く離れた場所にいる相手にもその場からすぐに情報を伝えることができる。

 この技術は、既に実用レベルに達しており、2級竜師になる際の試験内容にも含まれている。しかし2級竜師になる上で必須の項目ではあるものの、技術の使用は十六竜議会によって管理が徹底されている。技術が下手に民衆に広まると、秩序の低下につながる恐れがあるためである。

 竜師の資格を持つ者が念話を使えばその記録は確実に残る。そういうシステムはとうの昔に構築されている。そもそも念話は竜師になれるような才能のある者が何ヵ月あるいは何年もの修行を経て習得するものなのだ。

 竜師以外の者が念話を使用するというのは異常事態である。というより、誰の教えも乞わずに習得し使用するのは不可能に近い。

 ただ単に情報が錯乱しているのか、それとも竜師ですらない異常者が現れたことになる。スピノールが焦るには十分すぎる状況だった。



「ドラゴンを運んだのはお前か?」

 

 窓も無く、ホコリが溜まった薄暗い部屋に椅子に座らされ後ろで手を縛られた2人の男がいた。その前にスカラーが立つ。スカラーの前には自身の3分の2ほどもある大きな剣が突き立てられている。

 なめた真似をすればこれで両断するぞという威圧感をビシビシと放っている。

 その圧に押された2級竜師は椅子をガタガタと鳴らす。その横ではドンネル市場の長の男が口を塞がれたままふがふがと恐怖を訴えていた。


「おい、お前だ」


 スカラーは目線を竜師に向ける。竜師は「ひっ」と情けない声を上げると先程と同じ内容を急いで話し出した。


「お、俺はただ言われた通りにドラゴンを運んだだけです! いつもの感じで言われたから、てっきりいつもの竜師からの中継役としての依頼だと思ったんです!」


「それは念話による依頼か?」


「は、はい。確かに念話でのことですっ……」


「念話が使われた時点でおかしいと思わなかったのか!」


「ひぃっ! す、すいません! 同じ所属の竜師からしか依頼を受けたことがないもので……」


 それを聞いてスカラーは「ちっ」と一つ舌打ちを入れる。地方のレベルを考えればこの程度の意識なのは仕方がない。それを頭では分かっているが、その低能さに苛立ちを覚えてしまう。

 そんな様子を眺めながらスピノールはため息を吐く。


(何か情報を持っていれば、真偽しんぎを見極められるのですが。元々何も知らなければ嘘を見抜くも何もありませんね)


 心の中でガクリと肩を落としそうになったその時、ノックをしたやいなやの内にドカドカと1人の部下が部屋に入ってきた。


「失礼します! 竜門所より伝令! 所長が吐きました! 門を通過したのは赤髪と黒髪の男の2人組みだとのことです!」


 スカラーが受け答える。


「よくやった。信憑性は?」


「はっ、四本目の指を折ったところでのことですのである程度は」


「分かった。下がれ」


 部下を下がらせ、スカラーはスピノールの方に振り向く。


「スピノール様、いかがされますか」


 「ふむ」とスピノールが思案していると、その様子を見聞きしていた市場の長がふがふがと体をくねらせ何かを訴える。仕方なくスカラーは口枷くちかせを外す。


「ぶはっ、み、見ました! その、赤髪の……!」


 息を切らしながら続ける。


「赤髪と、確か黒髪の2人組でした! ま、祭の最中に見ました!」


「本当か?」


 スカラーは大剣を傾ける。脅しの意味を込めてだ。


「ひっ、本当です、本当です! み、南の方へ向かって行きました!」


 その様子に嘘は見られない。スカラーはスピノールの表情を確認するが何ら反応していないことから本当に嘘は言っていないのだろうと分かった。もう一度市場の長の方を睨んでおく。

 赤髪も黒髪もそう珍しいものではない。見間違いや人違いということも十分あり得る。情報がこうも少ない中での判断は難しい。そう思い、スカラーは再びスピノールの方を向き指示を仰いだ。


「向かいましょう。南に。街道は封鎖しなさい」


 スピノールはそう言って部屋を出て行く。スカラーを含め、部下もその後を着いて出て行った。

 この判断の早さ。直観などといったものではなく、状況を鑑みて熟考した上でこの早さだ。部下として仕える者にとってこれほど頼もしいことはない。


(ああ、何という幸せ……)


 スピノールほど尊敬に値する人間はいない。全てを完璧にこなす人間。しかしどこか感情的な部分も持っている。そしてそれを理解しているのは自分だけなのだ。スカラーはゾクゾクと体を震わせる。誰にも悟られないようにひっそりと。



─────────────────



「全ての街道、その他通行可能と思わしき道を全て封鎖しました。それぞれを部隊の者と管轄の竜師に見張らせています」


「よろしい」


 ドンネル市場から南に向かったスピノール達はとある丘の上に陣地を設けた。ここならば町全体をある程度見渡せるし、目撃情報が入れば一直線で現地に向かうことができる。待っているだけで、あぶり出せる。そうして丘の上に陣地を築いてから30分ほどが経った、その時だった。


「スピノール様、赤髪の男が飲食店に入っていったという情報が──」


 部下の1人がスピノールの後ろにひざまずき報せを述べた。


「スカラー」


「はっ」


 そう一言ずつやりとりを交わすと、スカラーが大剣を手にしてその場から姿を消す。それに追随して部下2人も共に消えた。いや消えたように見えたという方が正しいだろう。3人は常人の目では追えない程のスピードで移動した。目的の飲食店めがけて。

 その様子を見送った後、スピノールはゆるりと立ち上がり呟く。


「さて、私も行くとしましょう」



─────────────────



 『Bruto《ブルート》』の扉が開く。と、同時にカランコロンと入店を知らせるベルが鳴った。簡素なベルだが客の出入りを知らせるには十分な音量だ。


「……今日は休業日と貼ってあったはずだが?」


 店の中に入ると1人の男がそう言って気だるそうに椅子から立ち上がった。無精髭をそのままに、コックの格好はしているがずいぶんと気崩していてだらしない。右手には煙草のようなものを持っていた。その煙草のせいだろう、店内には煙が充満していた。


「お前がこの店の店主か?」


 スカラーは少し乱れている前髪を左手で直し、そして訊ねる。乱れてはいるが髪艶かみつやは常に美しい。

 その艶の良い髪を眺めながら男は答える。


「まあ、そうなるな。さっきも言ったが今日は休みなんでね。申し訳ないがお引き取り願えませんかね。明日以降だったら普通に営業してますんで」


 男はちらりとスカラーの手元に目線を落とす。が、その大剣には言及せず。物騒な集団に対して、あくまでも来店客として対応してみせた。

 だがそのわざとらしい態度にスカラーは苛立ちを覚える。この大剣を見て何ら反応を示さないというのは不自然だ。明らかに常人ではない。

 この店に目標である赤髪と黒髪の2人組がいるということはほぼ確実。無理やりに捜索してもいいが、まずはその事を形式的にでも確かめねばならないだろう。


「この店にいるのはお前1人か?」


 これで嘘を吐くようなら実力で脅す。

 スカラーはそう考えながら訊ねた。


「いいや、奥にもう3人いる」


 しかし男は真正直ましょうじきに人がいると口にした。3人というのが少し気になるが。

 その返答にスカラーは虚を突かれる。


「なに?」


「この奥にお探しの方々がいらっしゃるって言ってんの」


 男は自身の後ろを親指で指す。おそらく厨房がある方を。


「ではその者達をここに連れ出させてもらおう。そこを退け」


「いいや、それはできない」


「なるほど、分かった。二度と煙草が吸えない体にしてやる」


 男の態度に嫌気が刺したスカラーは大剣をすらりと構える。

 それに呼応して部下の2人も左右に散る。

 

 その様子を見て男はこれまた気だるそうにため息を吐き、手に持つ煙草をひと吸いする。


「これも仕事の内ってか。まあ、しょうがねえわな。おいお前、名前は?」


 自分に言い聞かせるように言った後、男はスカラーに訊ねる。


「お前ごときに名乗る名など無い」


「そうかい。こっちはテーブルっていうもんだ。まあそういう態度も……」


 テーブルはスカラーを見据え、かつての自分の姿を重ね見る。

 俺にもあのぐらい調子に乗っていたときがあったな、と。


「まあいいさ、やろうか」


 そう言ってテーブルはこれまた気だるそうに左手をズボンのポケットに突っ込んだ。


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