第2話 ドラゴンを仕留められる料理人ってなんなの

  十六竜議会は『竜界りゅうかい』、俗にいう結界外におけるドラゴンを含めた全生物及び土地、海洋、空域の全権を有している。また、その絶大なる権力は結界内である『人間界』にまで影響を与えている。

 人間界は無数の国と地域で構成されているが、十六竜議会はそのどれにも属していない。独立性を貫き、どの国に寄与することもなく世界の秩序を守っている。


「――つまり竜議会は国々の世情に左右されることなく、その権限を行使できるわけで、その権限の範囲は――」


「あ、あの! ちょっと待ってください! ちょっと、ちょっと待ってくださいぃ!!」


 突然、シルビアが叫んだ。アカが竜議会について講義していたのはシルビアが聞いてきたからだったが、その講義をシルビア自身が途中で遮った。何事かと思いアカはシルビアの方に向き直る。


「ん? どうしたの?」


「どうしたじゃなくて! 飛んでます?! 私、飛んでます?!」


 シルビアがパニックになるのも無理はない。

 いくら探しても見つからない足場。強く吹きつける風。肝を極限に冷えさせるには十分すぎる。

 シルビアは今まさに、宙に浮いていた。


「ああ、ごめん。配慮が足りてなかったかな」


 アカはシルビアの様子に気付き素早く草原に着地する。

 憧れのお姫様抱っこが実現していたが、それを意識する余裕はシルビアにはなかった。

 前触れなく訪れた死の危機。ドクドクと激しい抗議を続ける心臓。それを両手で押さえながらシルビアはアカになげく。


「なんで!? なんで飛んでるんですか?!」


「い、いや、そうしないとあれに追いつけないから」


 あれ、と言ってアカが見据えた先にいたのはさっき門のところまで咆哮を轟かせた一翼のドラゴンだ。

 人間が空を飛ぶことをさも当然であるかの如く言い放ったアカにシルビアは絶句する。

 そして自分の行いを後悔する。比較的安い値段で依頼を引き受けるということで安易に近づいたのがいけなかった。もっと常識のある普通の人に頼むべきだった。

 だがもうすでに、ここは結界外である。シルビアに死をもたらす存在はそこら中を飛び回り、そこら中を跋扈ばっこしている。もはや逃げる場はなく、アカとクロ、この2人に全てを委ねるしか道はなかった。

 

「……であれば、事前に言ってください!!」


 そこでシルビアは覚悟を決めることにした。ここまで来たらもう自分に出来ることはない。予定外中の予定外だが、腹をくくるしかない。そう思って開き直り、強気の態度に出る事にした。


「私はあなた達の事を全然知らないけど! 普通の人はもの凄い速さで空を飛んだりしません! それをしなきゃならない理由があるなら、せめて事前に言ってください! それでもまだ全然意味が分かりませんが、急にされるよりはマシです! そもそも、私は半強制でここに連れてこられて……」


 まだ文句を言い足りなかったシルビアだが、そもそもの目的を思い出し、そこで言葉を切った。


「……私の依頼。このやり方で、間違いなく叶うんですか?」


 元々はシルビアの一方的な願い。依頼した素人が、やり方に文句をつけるというのは本来褒められることではない。目的が果たせるならばやり方にこだわるべきではないのだ。だからこその最終確認。どんなやり方であろうと、おじいちゃんにおいしいドラゴン料理を食べさせてあげられるなら、それでいい。


 シルビアの真剣さを感じ取り、アカも真面目な面持ちで答えた。


「うん。そこは信用してもらっていい。僕達は絶対に君のおじいさんに最高の料理を振舞うと約束するよ」


 これまでのフランクな態度とは打って変わって見せたアカの真剣さ。シルビアは自分の選択は間違ってなかったと。そう思おうとした、その時――


「――それじゃあ早速追いかけるよ! クロ!」


「おう」


「――わっ!」


 ふわりと体が宙に浮く感覚に包まれる。だがアカはすでに上空へと飛び立っている。残されたシルビアを軽々と抱え上げたのはクロだ。またもや憧れだったお姫様抱っこだが、それを意識する余裕はシルビアにはない。尋常ならざるスピードで地をかけるクロ。抱えられながらシルビアは思った。


(や、やっぱりこの2人に頼んだのは間違って――!!)




―――――――――――――――



「行くよ」


 アカが宙を踏み込み、ドラゴンとの距離を一気に縮める。その手には腰から引き抜いたサーベルが握られている。


 目の前で繰り広げられる光景はシルビアの常識を、あざ笑いながら打ち壊していく。


 アカの存在に気付いたドラゴンは空中で急旋回し、地を揺らすほどの咆哮で威嚇する。アカはその咆哮を意に介さず、速度を落とすことなくドラゴンの腹部へと潜り込む。

 それと同時にクロがシルビアの前に出る。そして左手で横に一線を引いた。その一連の行動はシルビアには理解できていない。だが、辺り一面を震わせていた咆哮の余波が、クロとシルビアの元には届かなかった。その状況から、クロが守ってくれたのだと分かった。

 ドラゴンとの一対一に興じるアカも、その影響を一つの動作で遮断したクロも、普通じゃない。そもそも普通の人はものすごい速さで空を飛んだり、それと同じ速さで地を駆けたりもしない。それも1人の人間を抱えながらなんて絶対におかしい。



 ドラゴンの腹部へと潜り込んだアカはそのままサーベルを腹部に沿って走らせた。ドラゴンの悲鳴とともに大量の鮮血が飛び散った。

 通常、生物の急所と言えばその1つに腹部が挙げられる。が、それはドラゴンには当てはまらないことが多い。種類にも寄るがほとんどのドラゴンは全身を堅い鱗で覆っているのだ。アカが今まさに対峙たいじしているドラゴンも当然そうである。そこから導き出せる結論が一つ。アカの持つサーベルは異常なほどの切れ味を有しているということ。


「さて、今日も今日とて僕達は戦っているね。だけどこれだけは譲れないんだ」


 ドラゴンの腹からサーベルを振り抜く。


「命をいただく者の1人として感謝を――ありがとう」


 腹部を頭から尻尾に向かって切りいた後感謝を述べる。

 そして、そこからさらに一振り。

 その二撃目が心臓部へと到達し、ドラゴンの全ての生命活動に終止符を打つ。

 力無く崩れる様はそれでも優雅で、神秘的なものだった。




──────────────────




「え!? このドラゴンを使うんじゃないんですか!?」


 仕留めたドラゴンをアカとクロは手慣れた様子で解体していく。


 初めてドラゴンを狩る瞬間を目撃したシルビアは興奮冷めやらぬうちに再び驚かされる。なんと、たった今命をかけてまで手に入れたドラゴンと、目標にしているドラゴンは違うのだと言う。ドラゴンを狩るなど微塵みじんも考えたことのないシルビアにとって、続けて何翼もドラゴンを狩るという行為は完全に手に余る。これ以上驚かされる状況が続くとしたら、祖父より先にシルビアの方に寿命が来てしまうのではないかと心配になる。

 


 アカとクロにとってこのドラゴンに命をかけて挑んだ覚えはないのだが、シルビアにはそう見えていたようで、それならば驚くのも無理はないとアカは状況を説明する。もちろん今仕留めたドラゴンの解体を進めながら。


「君のおじいさんが行ったアルストラは海洋都市だから、その情報だけでもそこで出されていたドラゴンの肉の種類をある程度絞れるんだ。予想の内の1つはアルストラ名物の『アルストラドラゴン』。4等の海洋ドラゴンだね。捕獲難易度は低い割に赤身と脂身のバランスが良くて味も良い。よく市場に出回っているものの1つだよ。だけどアルストラドラゴンが流通しだしたのはかなり最近になってからなんだよね。ねえシルビア、おじいさんがアルストラに行ったのは何年くらい前だっけ?」


「15年ほど前です」


「そう、だからその時に食べたのはアルストラドラゴンじゃなく、当時の流通規模から考えて、おそらく『メンドラゴン』だと割り出せる。等級は同じく4級だけど、生息地が違う。そしてそのメンドラゴンがいるのがこの先の海なんだ」


 瞬く間に解体をし終えると、アカは先にある海辺に視線を向けた。


「この先の海辺はアルストラとも繋がっていて、そこで捕れたメンドラゴンを直接回路で運んでいたんだよね。当時は」


 なるほど、とシルビアは関心する。自分は考えてもいなかった世界の話だが、その世界を歴史的な観点から推測し、当時の状況までを見通すこともできるのか、と。情報が不足していたはずのシルビアの話から必要となる情報を拾い上げ一つの道を築いていく2人。ドラゴンを単独で倒すアカと当たり前のようにシルビアを守ったクロのことを、もはやただの料理人とはシルビアには思えなかった。

 シルビアは2人のことを料理人として認識し、そして依頼した。2人も自らを料理人と名乗っていたからこそ、ここまでそのことに疑問を持ってこなかったわけだ。だが、唐突に判明した異常な強さと明晰な頭脳。それらを持ち合わせているのにただの料理人というのは、筋が通らないのではないかと思う。


「あの、2人はその、本当に料理人なんですか……?」


 純粋な疑問だった。思った時にはそれを口にしてしまっていた。だからそれが失礼であったと気付いたのは言い終えた後だった。


「あ、ごめんなさい。決して2人の事を――」


 そう頭を下げようとしたシルビアを制止したのはアカだった。


「気にしないでいいよ。そうだ、まだお昼食べてないよね? 食堂では僕達だけが食べちゃってたし」


「は、はい。まだ、ですが……」


 唐突にお昼ごはんの話を持ち掛けられ戸惑うシルビア。

 だがその横では構わず準備が進められていた。

 

 クロは背負っていたリュックから調理器具や小さいコンロを取り出しセッティングしていく。


「え、何を……?」



「お客さま席へどうぞ」


 アカが折り畳み式の椅子を広げてシルビアを座らせる。そして目の前に、これまた折り畳み式のテーブルを広げ、そしてそのテーブルの上に白い布を被せた。

 それと、同時にクロの方は即席で、小さいながらも立派なキッチンを作り上げていた。

 気品あふれる2人のその立ち振る舞いは、さながら高級レストランを想像させる。


 そしてアカは胸に手を当てお辞儀をした。

 シルビアはその2人のその姿に、無意識のうちに見とれていた。


「今回料理長を務めさせていただきます、アカと申します。そしてこちらが副料理長のクロ。これからご提供させていただきます料理は『シュクルードドラゴンの野外ステーキ』となっております。お客さまには素敵な時間を、そして忘れられない思い出を――」

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