竜の食べ方さばき方 ─ドラゴン倒して作って食べる─

酢味噌屋きつね

第1章 ドラゴン専門料理人

第1話 ドラゴン料理 

「うん。思ってたより歯ごたえがある。この独特な歯ごたえと香りはシュクルードドラゴンだね。野菜と一緒にソースで煮込み、味を付けてる。旨味うまみも逃げてないから料理としての完成度は高いね。だけどなんで4等のドラゴンを使ったんだろうね。僕がこの料理を作れって言われたら2等のバーナベルドラゴン……いや、最低でも3等以上のドラゴンを使うかな」


 赤髪の少年はスプーンを器に置き、背もたれに寄り掛かかる。


「でもやっぱり3等以上になると処理が難しくなるよね。こういう場所だと尚更なおさらかな……」


 ちらりと周囲を見る。どこにでもある、大衆向けの、比較的安価な料理を提供するチェーン化された料理店。そこの一角で2人の少年は料理に舌鼓したつづみを打っていた。


「大衆食堂にこれ以上のレベルを求めるのは酷というものだろう。それに、シュクルードドラゴンは臭み抜きの工程が多く、4等の中でも扱いが難しい部類に入る。他の支店でもこのレベルで出せているならむしろ褒められると思うが?」


 対面に座っている黒髪の少年が口を開く。


「まあ、それもそうか」


 赤髪の少年は相づちを打つと再びスプーンを持ち、目の前に置いてある料理を食べ進める。


「まっ、僕なら煮込む前にパイン系の果汁を肉に揉み込んで柔らかくするかな。君ならどうする?」


「俺もその案には賛成だ。ただ、パインは採れる産地が限られている。その分経費がかさむだろう。この店の立地と客層を考えると全ての肉に使うのはあまり得策ではないだろうな。価格の上限から概算するとせいぜい半分がいいところか」


「うーんそうなんだよね~……。いや、逆にそれもありかもしれないな」


 赤髪の少年は持っていたスプーンを黒髪の少年に向ける。


「このままの肉でも悪くはないけど、一皿食べきる前に飽きが来る。ここに半分柔らかい肉が加われば食感のアクセントを作り出せるかも」


 赤髪の少年は楽しそうに思案する。料理をいかに美味しく、理想の形で完成させるかを話し合うのは彼の趣味であり生き甲斐でもある。



「あ、あの!」



 2人の少年が料理について談議していると横から声を掛けられる。

 そこにいたのはちょうど2人と同じくらいの年頃の少女。金色に染まる髪を後頭部で結びあげ、妙にかっちりとした服装に身を包み、2人の間で待機していた様子。


「ああ、忘れてた」


「忘れてたじゃありませんよ!」


 金髪の少女はまるで話を聞いていなかった2人に叫んで抗議をする。


「ちょっ! 唾が飛んじゃうよ!」


 赤髪の少年は少女が叫ぶと同時に慌てて目の前の皿を机の置くの方へと避難ひなんさせる。

 一方、黒髪の少年の方はそれを予見していたのか既に回避済みだった。


「私が依頼したのは『祖父おじいちゃんが満足するドラゴン料理』を作ってもらうことです! それなのにさっきから食べてばかりで、まったく作る気配がないじゃないですか!」


「い、いや、これもちゃんと依頼内容に役立つことなの! 市場調査は重要な項目で、現地の店で現地の味を確認する! それによって顧客が何を求めているのかを知る! これは絶対必要なことなの!」


 赤髪の少年は少女に気圧けおされながら慌ててそう説明する。


「……そうなんですか。そういうことなら」


「……ご理解感謝します」


 少女は意外と素直に引き下がった。怒りっぽい性格というわけではなく、ただ焦っていただけのようだ。その焦りはおそらく依頼にあった祖父というのが関係しているのだろう。


(まあ、最初にちゃんと説明してなかった僕らが悪いんだけど)


 赤髪の少年は皿の位置を元に戻し、少女の方に向き直った。


「じゃあ分かってもらえたところで、早速依頼内容を進めていこうと思うんだけど。まずは少し待っててくれる? まだ全部食べてないから」


 そう言って赤髪の少年はニコッと笑った。そして深く味わうように、それでいて少し素早く料理の残りを平らげた。黒髪の少年も同様の時間で食べ終えたようだ。2人はここまで少女を横に置いたまま、マイペースに行動してきている。その様子から少女は2人のことを、どこか不思議な人達だなあと感じていた。



「うん、ごちそうさま。じゃあ外で話そうか」


 最後の一口まで余さずに料理を食べ終えた2人は少女を連れて店を出た。


「さて、依頼の話だけど――おじいさんが満足するドラゴン料理、だったね?」


 赤髪の少年は依頼内容を確認する。

 それに頷き、そして補足するように少女は口を開いた。


「はい。私の祖父なんですが、若い頃からかなりのグルメだったんです。給料が出る度に数日間の休みを取って各地を巡って、その場所でしか食べられない料理を食べるのが趣味だったと聞いてます。それでも当時の給料ではそう遠くまで行くことは出来なかったそうです。なので、この近辺の町の料理を出す店のほとんどは行ったと、よく聞かされました」


 そこで少女は一息ついた後、思い出すようにうつむきつつ話を続ける。


「祖父がドラゴン料理と出会ったのはちょうど50歳の誕生日を迎えた時でした。50歳のお祝いとして家族旅行に行ったんです。そこで――」


「どこに旅行に行ったの?」


 赤髪の少年がたずねる。


「アルストラです」


「ああ」


 海の町アルストラ。そこは海に面した場所に栄えた小都市である。当然、海洋資源が豊富で、その立地を生かした海鮮料理が観光の目玉となっている。

 アルストラの町並みを思い浮かべた赤髪の少年は少女の話を遮っていたことを思い出し、手で合図をして続きを促した。


「えっと、そこで食べたドラゴン料理が絶品だったらしく、15年経った今でも忘れられないといつも話してくれるんです」


「君は食べたのかい?」


「いえ、私はまだ幼かったので隣のおばさんのお家でお留守番でした」


「そのドラゴン料理の再現をしてほしいんだね?」


「はい。もう一度、祖父おじいちゃんにその料理を食べさせてあげたいんです」


「なるほどね」


 赤髪の少年は顎に手を当て、少し上の方を見上げた。そして視線を再び少女に戻す。


「アルストラに行けば食べれるんじゃないの?」


 その料理をもう一度食べたいのなら、同じ場所の同じ料理店に行って注文すればいい。そう思い口にした問いだった。が、その問いかけに答えたのは少女ではなく、それまで会話を聞いていた黒髪の少年だった。


「その当時に行った店が無くなっていたのだろう。それかどこかに移店したのか。どちらにせよ、当時と同じように食べることは出来なくなったということだろう」


 少女が全てを語る前に黒髪の少年が先を予測した。そしてそれは少女が言おうとしていたことと全く同じだった。

 そのことに驚きつつも少女は話を続ける。


「そ、そうなんです。なのでまた同じ場所に行ったとしても同じものを食べることができないんです。それで――」


「――それで僕達に同じ料理を作って欲しいと」


「……はい」


「オーケー分かった。その依頼僕とこいつで引き受けるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 少女は感謝を込めて深々と頭を下げた。


「あ、そうだ、名前言ってなかったね」


 赤髪の少年は思い出したかのように手のひらをポンと打つ。


「僕はアカ。んでこいつが――」


「クロだ」


 赤髪の少年は『アカ』と、黒髪の少年は『クロ』とそれぞれが名乗った。

 「そのままだ」と少女は思ったがそれを口には出さなかった。そして少女も流れを読み名を名乗ることにした。


「私はシルビアです。アカさん、クロさん、よろしくお願いします」


 そして再びシルビアは頭を下げた。それを見てアカは慌てたように頭を上げさせる。


「あ、いいよいいよ、そんなにかしこまる必要はないよ。僕らは僕らで、僕らのために動いてるからね。それにさん付けじゃなくて気軽にアカって呼んでくれたまえ。んでこっちはクロと」


 アカがクロを指差してそう言った。クロも無言で頷いている。

 予想以上のフランクさに戸惑いつつ、シルビアも「分かりました」と頷いた。

 そうした小話をしつつ歩いて行くと3人はとある場所へと辿り着く。


「ここって……竜門りゅうもん、ですよね」


「うんそうだよ。じゃあ早速出るから。クロよろしく」


「おう」


 アカとシルビアを残しクロは竜門の検問所へと歩いて行った。


「え、どちらに行かれるんですか?」


「ん? 食材採り」


「町市場に行かれるんじゃないんですか?」


「いやいや、外だよ」


 シルビアにはその発言をすぐに理解することが出来なかった。

 ここでいう食材とはドラゴンのことだ。それは分かる。そしてそれら食材となるドラゴンの肉類を扱っている場所は認可を受けた町市場しかない。しかしアカは町市場ではなく『外』に行くと言った。

 3人はすでに店から出たことで外に出ている。

 つまりアカの言っている『外』というのは――


「――ま、まさか結界の外に出るんですか⁈」


「うん、そうだよ。でなきゃ目的のものは手に入らないしね」


 さも当たり前のように言い放つアカ。


「……結界を出るなんて自殺行為です! そ、そもそも自由に出入りできるのは十六竜議会じゅうろくりゅうぎかいから許可を受けた2級以上の竜位を持つ竜師りゅうしのみのはず……!」


 シルビアが声を荒らげるのも無理はない。

 竜巣くうこの世界において、結界は人類が築いた最も偉大な発明である。結界はドラゴンに係するモノの一切の侵入を拒絶し、ドラゴンによる人類世界への影響をなきものにしている。人類がここまで発展し得たのもこの結界のおかげであり、人類は結界とともに歩んできた。

 その結界を出るというのはまさに自殺行為であり、結界の及ばぬ地では、命の保障はない。


「おお、よく知ってるね」


 アカが関心したように言った。

 この世界で生きている人々は皆、結界の存在を認知している。だがそれはこの世界の概念として義務的に学ぶものであり、通常その仕組みや歴史を学ぶことはない。だが、決して意図的に情報を秘匿しているというわけではなく、高等学校や公営図書館に行けば比較的簡単に調べる事ができるし、それを専門に研究を行っている者さえいる。

 しかし、ほとんどの人はそれらを知ることはない。知る必要がないのだ。一般人にとっては「わざわざ手に入れた平穏を捨て、死地に赴く必要がどこにある」というのが共通認識なのだ。ましてや、その結界を出る条件を調べようものなら周囲の人間に鼻で笑われてしまうレベルである。『外』の世界は全て竜師に任せれば万事解決。それがこの世界の常識であった。

 その常識として馬鹿げている情報を何故シルビアは知っているのか。


「自分で出ようとしたのか――」


 検問所から戻ってきたクロが一瞬目を見開き、笑みを浮かべて言った。


「――それで調べていくうちにドラゴンに関する情報を知り、自分には到底無理だと知った。そして俺達に辿り着いたか」


 見透かされたように全てを言い当てられたシルビアは少し恥ずかしそうにして黙った。


「ふーん。そういうことね。まあなんにせよ自分から調べたのはえらいよね。それで自分には無理だから人に頼むってのも理にかなってる」


 急に褒められたシルビアはまたもや恥ずかしそうにして黙ってしまう。


「だけどどうして僕達に辿り着いたのかな? 結界を出る方法を知ったってことは出ようとしたわけでしょ? 直接ドラゴンの食材を手に入れるために。ってことは2級以上の竜師に依頼した方が早いと思うんだけど」

 

「まあ、それはそうだが。竜師は高いからな」


「あー、それで――」


 アカの疑問に答えたのはクロだった。


 ドラゴンの食材を個人が手にする方法は主に2つある。1つは町市場で購入する方法。他の獣の肉と比べると割高だが安全に庶民の手の届く範囲で入手することが出来る。そしてもう1つが竜師に依頼する方法。望んだドラゴンの肉を直接新鮮な状態で入手することが出来る。

 前者は庶民や大衆食堂などが、後者は貴族階級の裕福な者や高級料理店などが利用することが多い。

 

 シルビアは祖父の願いを叶えるために今回、一からドラゴンについて調べた。

 そこで竜師の存在を知ったが、当然依頼料を払えず、それを断念した。

 そして最終的に辿り着いたのが――


「――僕達料理人ってわけか」



 アカが結論を出すと、クロはうんうんと頷いた。

 はたから見ていたシルビアにはよく分からなかったが、どうやら納得したような様子だったため気にしないことにした。

 今回の依頼は「ドラゴン料理の再現」であり、わざわざ『外』に出てドラゴンを捕らえる必要もなければ、竜師に依頼する必要もない。ただ料理人に依頼すればいいだけなので、シルビアの依頼先は至極真っ当で、正解とも言える選択だ。ただ一つ問題だったのはその人選であった――が、この時のシルビアはそれを知る由もなかった。


「準備は出来てるそうだ」


「お、じゃあ行こうか」


 クロが竜門の方を親指で指す。それを期にアカとクロの2人は竜門の方へ歩き出してしまった。

 シルビアも慌てて着いて行く。


「ちょっ! ほっ、ほんとに行くんですか⁈」


「うん、君もおいで」


 アカは躊躇ためらっているシルビアの手を引き門へ向かう。


「で、でも! 認可を受けた2級以上の――」


「大丈夫だよ」


 竜門の周りには検問所の所員が何人も――人数からしておそらく全員が並び、片膝をついてひざまずいている。思えばこの時点からおかしかったのだが、シルビアはそこに気を回している場合ではなかった。

 アカはその中を進み、門に手をかざした。


「うそ――」


 アカが手をかざした瞬間、刻まれた竜の印が赤く光り、重音を響かせながら門が開いた。そしてアカを先頭に、手を引かれながらシルビア、後ろにクロと続いて門をくぐり抜けていく。



『ギィィィィィィィィ!!!!!!』



 門を越えた直後に耳をつんざくような轟音がその場を包んだ。シルビア呆気あっけに取られ、耳を塞ぐことさえ忘れてしまう。


「たぶん初めてだよね。あれが――ドラゴンだよ」


 アカに言われる前からシルビアはその存在に目を奪われていた。緑の広がる広大な大地とどこまでも澄んだ青空。その中を雄大に飛翔する絶対的存在。

 竜門からは町1つ分以上も離れているが、それでも絶対的捕食者から放たれる重圧の切れ端は、生物である人間を萎縮させるには十分だった。

 

 言葉を出せないでいるシルビアの背中をポンっとアカが一押しした。


「さあ、行くよ。これが世界。広い世界だ――」


 フワっと風が3人の髪をなびかせる。

 これまで暮らしてきた町とはまるで違った世界。


 アカとクロは自分達の庭だとでも言わんばかりに自然に、ごく自然に歩きだした。

 手を引かれるままに着いて行くシルビアは、今まさに世界の広さを知る。

 これが、伝承として語られて来た世界に、自分が踏み込んだ瞬間。

 それでも、自分でも驚くことに不安を感じることは無かった。それはたぶんアカとクロがいるから。根拠はなかったが、混乱の中でもそう思わせるだけのオーラが2人にはあった。



 死地へと足を踏み入れた目的――それは食すため。

 人の欲求は留まることを知らない。

 それが例え、圧倒的で絶対的な存在であろうとも、変わらない。


 そこにある正義はただ1つ――食べたいを叶えること。

 それがアカとクロの仕事である。

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