運命
それからしばらくは、執務室にもアカツキ様は現れた。
仕事のほうは大丈夫なのか一応問いかけてみると、自分がいなくても回るようになっているから大丈夫といった反応があった。それはそれでどうなんだとも思ったけれど、そういうものならば私は逆らえない。
クライヴも最初は警戒していたようだったが、段々と対応が雑になってきた。というかどうでもよくなってきたようで、アカツキ様と私を置いて執務室を出て行ってしまった。
沈黙。
アカツキ様はというと、別に私のように仕事をしていないわけではなかったので、彼を労うためにもお茶でも持ってこようかなと思った時、彼は言った。
「いつクライヴと挙式をあげるんだ?」
「きょ……しき……?」
言葉の意味が分からず、私は思わず首をかしげる。この世界独特の文化的な言葉だっただろうかと聞き返そうとしたところで、彼は続けて言った。
「いつクライヴと結婚するんだと聞いているんだ」
「結婚!? いやいや、なんでそうなるんですか!」
「クライヴは決闘に勝ったのだ。それ相応の褒美があって然るべきだと思うが」
「だとしたら、アカツキ様のほうからなにか差し上げてくださいよ。私が褒美だなんて、そんな」
「一番喜ぶと思うけどな」
「……でも、私は」
異世界転移者だから。
魔法が使えないから。
まずもって、戦うことが出来ないから。
彼はその普通がいいと言ってくれたけど、普通すぎて釣り合わないから。
それに、私は……。
「いろんな言い訳が思い浮かんでる……といったところか?」
「言い訳というか、事実というか……」
「なんにせよ逃げに違いはないだろう。自分の気持ちから逃げている」
「自分の気持ちから……?」
そうだろうか。そんなこと、考えもしなかった。
「だってそうだろう。好きでもない男といるよりも、王子といたほうがいいだろうに、お前はクライヴを選んだ」
「だってそれは……」
「最初に出会ったのがクライヴだったから? だとしたら運命なんだろうな。羨ましいことだ」
「運命……」
その言葉を繰り返す。
確かに最初に出会ったのがクライヴで、彼が私を保護してくれた。
だからこそ今、こうしてアカツキ様とも話せているのだ。
「運命だとしても、それは結婚に繋がるものなんでしょうか」
「ハイネ」
アカツキ様は、普段とは違う優しい声で呼びかけた。
「お前は、クライヴのことをどう思っている?」
「どう、って……」
私は言葉に詰まった。
クライヴのことを考えると、色んな場面が浮かんでくる。
初めて会った時の、どこか不思議な雰囲気。戦う時の凛々しさ。ケーキの紙を食べようとした時の天然さ。そして何より、いつも私のことを気にかけてくれる優しさ。
「……分からないです」
「分からない?」
「はい。大切な人だとは思うんですけど……でも、それが結婚に繋がるものなのかは」
アカツキ様は、少し考えるように目を細めた。
「私は、お前たち二人を見ていて思うんだ」
「え?」
「クライヴは、お前といる時が一番自然な表情をしている」
「自然な表情……?」
「ああ。あいつはな、普段から人当たりが悪い。それはこの私に対しても変わらないところからして、なんとなく想像出来るだろう?」
私は黙って頷いた。
「だが、お前の前ではそんなことはない。ケーキの紙を食べようとするような、抜けた素の表情が見られる」
アカツキ様の言葉に、私は思わず笑みがこぼれた。
確かに、あの時のクライヴは本当に自然だった。
「それに、お前だってそうだろう?」
「え?」
「クライヴといる時が一番リラックスしている。それは私から見ても分かる」
その言葉に、反論できなかった。
確かに、クライヴといる時は自然と力が抜ける。
それは最初から、そうだった気がする。
「だが、まぁ」
アカツキ様は立ち上がった。
「結婚は、お前たちが決めることだ。私が口を出すことではなかったな」
「アカツキ様……」
「ただ、あいつは怖いからな」
アカツキ様は、ドアに手をかけながら言った。
「いつまでも待たせるのも、考えものだぞ」
その言葉を残して、アカツキ様は執務室を出て行った。
私は窓の外を見る。
穏やかな陽気が、静かに差し込んでいた。
クライヴのことを、私は本当にどう思っているんだろう。
アカツキ様の言葉が、心の中でゆっくりと響いていた。
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