釈然としない

 森の中を進んでいくと、木々の間から巨大な影が見えてきた。それは岩でできた人型の魔物――ゴーレムだった。

「あれが噂のゴーレムか」

 アカツキ様が呟く。私の目から見ても、とてつもなく大きな存在だった。

「身長は……およそ四メートルといったところですかね」

 クライヴが退屈そうに言う。その声には、全く緊張感がない。まるで、日常的な会話をしているかのようだ。

「普通のゴーレムの倍以上だな」

「ええ。まぁ、大きいだけですけど」

 私は言われた通り近くにある木の陰に隠れながら、二人のやり取りを聞いていた。

 クライヴの態度が、どこか余裕すぎて不安になる。

 いつものことといえばそうなんだけど、ちょっと不安なのは不安だ。

「ハイネ、そのまま下がっていろ」

 アカツキ様が私に向かって言う。その声には普段の高圧的な調子はなく、純粋な心配が滲んでいた。

「はい、でも……」

「心配するな。俺とクライヴがいれば――」

 その言葉が終わる前に、ゴーレムが我々の気配に気付いたのか、突如として振り向いた。地面が揺れるような重い足音とともに、巨大な腕が振り上げられる。

「アカツキ様、私がやります」

 クライヴは、まるで面倒な仕事を押し付けられたかのようなため息をつくと、一歩前に出た。

「待て、クライヴ。こいつは強い。二人で――」

「いいえ。アカツキ様は、ハイネの護衛をお願いします。といっても、すぐ終わるので意味はないと思いますが……念のため」

 その瞬間、ゴーレムの拳が地面を打ち付け、轟音が響き渡る。だが、クライヴはまるで散歩でもするかのように、その場から動かない。

「申し訳ありませんが、ハイネの前なので……少し格好をつけさせてもらいます」

 クライヴが剣を構えた瞬間、空気が変わった。

 今までのやる気のなさそうな雰囲気が消え失せ、凄まじい威圧感が辺りに満ちる。

 ゴーレムが再び拳を振り上げる。

 しかし、クライヴは既にその場にいなかった。

「遅い」

 一瞬の出来事だった。

 クライヴの剣が光を描き、ゴーレムの胸の魔法陣を切り裂く。まるで、紙を切るかのような軽やかさで。

「っ!」

 アカツキ様が息を呑むのが聞こえた。私も同じだ。あまりの速さに、目が追いつかない。

 ゴーレムの体が、音もなく崩れ始める。

「これだけの大きさなら、もう少し楽しめるかと思ったんだけど……残念だな」

 砂のように崩れ落ちていくゴーレムを前に、クライヴは肩をすくめた。その姿は、まるで期待はずれのおもちゃを見る子供のようだった。

「やっぱり、クライヴって凄いんだ……」

 思わず口に出してしまった。

「ハイネ」

 クライヴが振り向く。その表情は、いつものものに戻っていた。

「すごいでしょ?」

「あ、はい……すごすぎて、よく分からないです」

「そっか。それでも凄いって思ってくれて嬉しいよ」

 クライヴは、褒められた子供みたいな表情で喜んでいる……らしい。ちょっとチグハグな印象を与える笑顔だったけれど、なんとなくかわいいなと思ってしまった。

「……クライヴ」

「なんですか?」

「いや……」

 アカツキ様は、何か言いたそうな表情を浮かべていたが、結局何も言わなかった。

 ただ、クライヴの背中を見つめる目には、複雑な感情が宿っているように思えた。

「さて、今日の仕事はこれくらいだし、そろそろ帰ろうか」

 クライヴが、何事もなかったかのように言う。

「まだ日も高いし、このまま街に戻れば、街角にあるお店の新作ケーキに間に合うと思うんだ」

 私は呆気にとられていた。

 魔物退治の直後に、まるで散歩の帰り道のような会話をしている。

 いや、これがクライヴなんだろうけど……なんだか釈然としない!

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