笑う

「聞きましたよ! またアカツキ様と決闘なさるって!?」

 屋敷に戻るなり、ノワさんが叫ぶようにそう言った。クライヴはそんなノワさんを不満そうに小突いているが、そう叫びたくなるのも無理はないだろう。私は苦笑した。

 しかし、どうして知っているんだろう……?

「アカツキ様が広めて回っているんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、いつものことだから」

 私の疑問を読み取ったらしいクライヴが答えてくれる。

 そんなことしていいんだ、と素直に思ってしまう。

 だって、決闘だよ? あんまり良くないことのはずなのに、広めて回るだなんて……。

「観客が増えれば増えるほど、盛り上がるからね」

「そ、そういうものなんですね……」

 この国ではそういうものだという認識でいよう、うん。

 日中頭を使ったからか、もうあんまり考えたくない。表には出ないけど、確実に疲れているんだろう。

「さぁ、疲れただろう。先に入浴するかい? それともご飯にするかい?」

「え、えっと……」

 どうしよう。

 食事か入浴かを聞かれて、私は迷ってしまった。

 というかやっぱり、クライヴは私に施しすぎている。いくら私みたいな存在を求めていたとしても……。

 いや、待って。

 私みたいな存在を求めていたってなんなんだろう? 当たり前のように受け入れていたけど、本来ならちゃんと疑問に思わないといけないところだった。かといって今さら聞くわけにもいかないから、私は質問に「用意のできているほうで」と答えた。

 ……なんだか、逆にもの凄くおこがましい気もする。ちゃんと答えれば良かったかもしれない。でも、どっちがいいかなんてことも考えられないくらいなんだよね……。

「どっちもご用意できていますよ」

 ノワさんは、さらりとそう答えた。

「ゆっくり決めていいよ。時間ならたっぷりあるから」

 クライヴもまた、さらりとそう言った。

 そんなことを言われると、余計にどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 でも、私の腹は素直だったらしい。ぐうと私にしか聞こえないだろう音量で鳴って、食事を求めていた。

「……食事で、お願いします」

「かしこまりました」

 ノワさんは私に頭を下げると、そのまま食堂のほうに下がっていった。

「今日のメニューはなんだろうね?」

 クライヴの楽しそうな声につられて、私もなんだろうと期待する。

 そのまま食堂に向かおうとしたとき、クライヴは足を止めた。

 今度はどうしたんだろう。

「……こんな風に、食事の内容を楽しみにしたことなんてなかったかもしれない」

 本当に驚いたような顔で、彼はそう言った。

 たしかにクライヴが、ご飯が何かを考えて楽しみにしている様は思い浮かばない。

 でも今は、目の前にその存在がいる。

 現実になっているのだ。

「いい変化じゃないですか?」

「そうなのかな?」

「そうですよ、人間らしいです」

「なに、それ。まるで今までの僕が人間らしくなかったみたいじゃないか」

「……」

 人間らしくなかったですよと言おうとして、やめた。

 人間らしくない人が、困っている私を助けるわけがない。過剰すぎる気もするが、助けられているのは事実なのだ。

「……そう聞こえていたら、ごめんなさい」

 だから私は、代わりに謝った。

 けれどクライヴは、首を振る。

「ああ、謝らなくてもいいよ。人間らしくないっていうのは、僕が一番分かっているから」

「あ、そうですか……」

 ……私の反省は、一体なんだったんだろう。

 でもその気持ちはなんだか可笑しいという感情になって、口元からは思わず笑みがこぼれていた。

「……?」

 どうして笑っているのか分からないという表情のクライヴもまた可笑しくて、私の笑いはどんどん大きくなっていった。

 エントランスに響きわたる、私の笑い声……。

「……すみません、急に笑い出したりして」

 しばらくしてから笑いは落ち着き、逆にまた反省が襲いかかってきた。

「いや、構わないよ。キミがそんな笑っている姿は初めて見たから、新鮮だった」

「そうでしたっけ……?」

「うん」

「そうでしたか……」

 あまり笑わないほうだとは思っていたけれど、そんなに笑ってなかったとは思っていなかったから驚きだ。

 ……こういう形じゃなくていいから、もっと笑えるようになりたいなと、ふと思った。

「そろそろ食堂に行こうか。ノワが待ってる」

「は、はい!」

 クライヴの後についていく。

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