甘噛み
「決闘って、具体的に何をするんですか?」
次の休憩時間に、気になったので聞いてみた。
まさか本当に、剣のやり取りをするんだろうか?
「一対一の剣での戦いだよ。見たことない?」
「あー……」
どうやら、本当に剣のやり取りをするらしい。ちょっと怖いんだけど、それより……。
「うん?」
「決闘が法律で禁止されている国で生まれたので、見たことないですね……」
確か、そうだったはずだ。今のこの状態からでは、確かめる術がないけれど。
クライヴは私の言葉に驚いたようで、目をぱちくりとさせている。
……その様子がなんだかちょっとかわいいと思ってしまうのは、アレだろう。クライヴのことを見慣れてきてしまっているんだろう。人は見慣れたものをかわいいとかかっこいいとか思う傾向にあると言うから。
……それくらい、もうこの世界にいるんだなぁ。
「決闘が禁止されている国なんてあるんだね。いや、この世界にも、もしかしたらあるかもしれないけど……」
現実逃避をしつつある私とは裏腹に、クライヴはふっと立ち上がった。
「剣も魔法も、決闘もない世界で、キミは……」
相変わらず冷たい手が、私の頬に近付いて触れる。
そこで私の意識は、現実逃避していた分も含めてすべてがクライヴに向いた。
「何を不満に思って、この世界に来たんだい?」
「ふ、不満に思ったわけでは……」
ない、とは素直に言えなかった。
けれど、それはこの世界に来る理由にはならなかった。
たまたまあの場所にクライヴがいなければ、下手したら死んでいたというのに。
私は一体、どうしてこの世界に来たんだろう。
「……この世界に来た理由は、分かりません」
素直に、そう答えた。分からないことだらけな状況は、何も変わっていない。
「僕が、呼んだのかもね」
彼は、本当にポツリと呟いた。
「僕がキミのような存在を求めていたから……だから、呼ばれて来ちゃったのかも」
私は、肯定も否定もしなかった。
次の瞬間、彼は首を振る。
「なんて、冗談だけど」
そこまでの力は持っていないよと彼は笑うけれど、なんだかあながち間違いじゃないような気もして、ちょっと背筋が凍った。
「……冗談に聞こえないですよ」
あくまで笑いながら、私はそう返した。
「そうかなぁ?」
クライヴもまた、笑って返してくれる。
そこで休憩はおしまいになり、日が暮れるまでまた私は魔法の本を読んだ。ちょっとくらい分かるようになるかなとは思ったけど、そうでもなかった。まずはこの国の歴史とかの勉強をしたほうがいいのかもしれない。
まさか異世界に来ても様々なことを勉強しなきゃならないなんて……いや、そりゃあそうなのかな? 異世界転移なんてはじめてだから、何も分からない。教えてくれる先駆者とか、いればいいのに……。
「……違う世界から来たと主張していない人って、いないんでしょうか?」
そこで私は思い至った。
もしかしたら、どこかには異世界転移、もしくは異世界転生をした上で隠している人もいるのかもしれないと。
「どういうことだい?」
「私と似た境遇の、でもそういうことを言ってない人がいるかもしれないじゃないですか」
「……なるほど」
クライヴは一瞬だけ私から離れたかと思うと、背後から近寄ってきた。
「もし本当にそういう人間がいたら、僕の元からいなくなってしまうってこと?」
その距離はものすごく近く、首元に彼の吐息がかかるくらいだ。
「え、あ、そういうわけでは……」
動揺して思わず否定してしまったが、多分、そのつもりだったんだろう。これ以上、クライヴの手を煩わせるわけにもいかないと思って。
けれどどうだろう。
「キミは僕の補佐官になったんだよ? 離れることなんて、許さないんだから……」
かぷり。
「ひっ」
耳を甘噛みされて、変な声を出してしまう。
「ね?」
どうすればいいのか分からない私の目の前には、ニッコリと笑っているクライヴの顔があった。
その笑顔が怖すぎた私は、ありとあらゆる言葉を使って、丁寧に、彼から離れないということを伝えた。そうするしかなかった。
確かに補佐官になっているわけだから、離れるわけにはいかないだろう。なっていることで、刺客から狙われないっていう意図もあるわけだし……。
私の大量の言葉に満足したのか分からないけど、クライヴはまたニッコリと笑ってちょっと遠ざかってくれた。
甘噛みされた耳が、変な感じがする。っていうか、頭がクラクラする。クライヴのせいでクラクラ。あはは……。
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