無問題

「決闘?」

 クライヴは呆れたような顔で、自身の体に当たってから床に落ちた手袋を見つめる。

「何を言っているんですか、まったく……」

 クライヴにしては珍しく、相手をなだめすかすような口調でそう言う。

 でもそれは、どこかバカにしているかのようにも聞こえた。

「呆れている場合ではない。これは正式な決闘の申し込みだ」

 未だ名前の分からない王子のほうは、至って真剣な顔で決闘を主張している。

「だとしても、結果が分かりきっていることをするべきではないですよ。そうは思いませんか?」

 丁寧な口調なのに、言っていることはとても挑発的だった。けれどクライヴにとっては、「そういうもの」なんだろう。当たり前のことを言っているというか、そんな顔だった。

「結果が分かりきっている、だと?」

 ギリと、歯噛みする音が私にも聞こえた。

「そんなわけがないだろう。私の剣の腕を舐めるのも大概にしろ」

「かつて行っていた稽古で勝てたこと、ありましたっけ?」

「それは過去の話だろう! 私は成長した! 甘く見るな!」

「甘くなんて見てませんよ。ただ、そうだとしても私は負けないというだけでして」

「キサマ……!」

 そりゃあ王子様相手であってもこんな態度だったら恨みも買うよなぁ、と納得してしまった。王様は、これも含めてクライヴのことを認めているんだろうけど。

 ……本当にそうなのかな? 勝手にちょっと不安になってきた。

「とにかく、決闘は必ず執り行うからな。日程は……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 私は、思わず口を挟んでしまった。

 2人の視線が私を突き刺すのがとても痛かったけれど、このよく分からない理由で始まってしまいそうな決闘を止めるために、勇気を振り絞って言葉を続ける。

「王子様とクライヴ様が決闘だなんて、国王とか? が黙ってないんじゃないでしょうか……」

 とか? というあまりにも弱い言葉を使ってしまったけれど、私の言っていることは間違ってないだろう。この国の王子様と将官の1人が戦うなんて、国民からの非難も来るかもしれないし……。

「あの男のことだ。どうせ面白いとでも言うに決まっている。実際、クライヴとサザミの決闘などは年中行事みたいなものだ」

 クライヴのほうを見て確認をすると、当然というような顔で頷かれた。しかも、なんでちょっと自信ありげな顔なんですか……。

「そ、それは……」

 閉口せざるを得なかった。

「明日の正午に、街にある広場にて決着をつけよう。それまで、首を洗って待っていろ」

「そこまで言うのなら、分かりました。徹底的に叩き潰してやりましょう」

「その減らず口が開かないようにしてやるからな!」

 そう捨て台詞を吐いて、王子様は去っていった。

 なんだか、嵐のような人だったな……。

 ただ食器を洗いにきただけのはずだったのに、随分と疲れてしまった。まだ洗えてないし。

「あの王子様、最後まで名乗っていかなかったんですけど」

「失礼極まりないよね」

「いや、それは置いておいて……なんてお名前なんですか?」

「アカツキ様だよ」

「えっ?」

 想像だにしないくらい日本的な名前だったので、私はびっくりしてしまった。

「それは、珍しい名前じゃないですか?」

「うん。この世界では、珍しい名前だよ。なんでも彼の祖父が、占いの結果を信じて東方の言葉を彼の名前にしたらしい」

「なるほど……」

 彼の占いにこだわるところは、どうやら祖父から受け継がれているらしい。

 しかし、やはり気になるのは決闘のことだ。

「クライヴ様のことだから、勝つとは思うんですけど……大丈夫なんですか?」

「何がだい?」

 すごく不思議そうな顔で見つめられ、色々と大丈夫なのか心配している私のほうが間違っているのではという気がしてきた。

 ……というか、うん、間違っているのかもしれない。

「いえ、えっと、なんでもないです。助けていただいてありがとうございます。そして、作業の邪魔をしてしまって申し訳ありません」

 きっと、心配することなんて何もないんだろう。

「気にすることないよ。悪いのは全部アカツキ様だから」

「……はい」

 それから食器を洗って、魔法の本をもう一度読み進めることにしてみた。

 クライヴの役に立ちたいという思いで、一生懸命に……。

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